泣き虫姫と変態王子の恋物語

山田 ぽち太郎

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【10話目】深夜の雄叫び

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心臓が止まった気がした。
でも、彼の言葉の意味を理解してからは早鐘を打つ心臓を、自分でも止められなかった。

何て言った?何て言ったの、彼は。
結婚?結婚って、付き合って、同棲して、そろそろ籍を入れようか、って話をして、両家に挨拶をしてから進めて行く話じゃないの?
そもそも、目の前の彼は確か25歳で、私より12歳も下で、私が大学卒業した頃にようやく小学校高学年だったりで…。

いやいやいやいや、無理無理無理無理。
揶揄われてるんだよね、そうだよね。
こんなおばさん捕まえて、結婚だなんて。何かの罰ゲームなのかな、もう、そんなの嫌になっちゃうな。

「言っとくけど、罰ゲームとか冗談とか、そんなんじゃないからね」

読心術でも心得てるの?なに、怖い。
何で私の考えてる事が分かるの?今日、初めて話した仲なのに。

「話したのは初めてだけど、やよいさんが優しいのも気配り上手なのも、案外泣き虫なのも、ちゃんと知ってるよ」
「な…んで?」
「ずっと見て来たから。やよいさんが見てない分、僕がやよいさんを見て来たから」
「…な…に……?」
「アイツらみたいな下品な人間の揶揄ばかりに耳を傾けないで。やよいさんの事が大好きな人間の言葉だけを受け取って。歳を重ねたからこその、やよいさんの強さは美しいけれど、害虫の言葉で自分を濁さないで」

鼻の奥がツーンとした。
20代後半から周りの下卑た人間の言葉ばかり拾う様になった。いつからか、その人間が下す自分への評価を自己評価にした。私は年季の入った年増の行き遅れ。だから、誰も相手にしてくれないし、私も相手にしちゃいけない。
中傷されても仕方がない。だって、歳を取った自分が悪い。歳を取っても会社に居座る自分が悪い。
そんなだから貰い手がないんだ。貰い手のなかった可哀想なベテラン受付嬢。仕事くらい出来なくてどうするんだ。社員全員の名前と顔を覚える位、出来て当然の職務だろう。なにせ入社15年目の型落ち品なんだから。

「やよいさんは一人で頑張りすぎだよ。僕に預けてよ。やよいさん自身も、その悩みも纏めて僕に預けてよ」
「そん…な、の…無理だよ……。知り合って、数分で…」
「じゃあ、これから知って?僕を好きになって?」
「い…ま、は、何も……考えられ、ない」
「それなら年末年始休暇中、僕の事だけ考えて。そして答えを出して。聞きに行くから」



どうやって帰宅したのか覚えていない。
智正くんのプロポーズが印象的過ぎて、その後の事柄が何も入って来なかった。
帰宅後、暫くベッドに突っ伏して、ショートして焼け焦げた思考回路を何とか繋ぎ直す。

え?いや、え?
あの子何て言った?
物凄い事言ってなかった?
と言うか、何で泣き虫な事がバレてるの?
会社で泣いた事なんて無いのに。
ベランダの花達に愚痴を聞いてもらいながら、泣きじゃくる事はあっても、人前で泣いた事なんてないのに。
………駄目だ、訳分からん。
今夜もベランダのお花ちゃん達に悩みを聞いてもらおう。

カラカラカラとベランダを開けると、お隣さんの家からテレビの音が聴こえてくる。
帰省してないのかな、どんな人が住んでるのかな、と思いながらベランダに出る。
丹精込めて世話をしているお花ちゃん達の前に座ると、先程の出来事が鮮明に蘇って来た。

「やよいさん、僕と結婚して。僕に貴女を守る大義名分を与えて」

まるで射止めるかの様な、真っ直ぐな瞳。
彼の瞳に映った私はどんな姿をしていたの?
37歳のおばさんなのに、年甲斐もなく心を春めかせた女の姿?
…嫌だ、そんなの。はしたない。

でも、だって、仕方ないじゃない。
あんなに綺麗な子から、結婚してと言われたの。
今まで生きてきた人生の中で、間違いなく一番美しい思い出なの。
私が背負っているドロドロとした悩みを、私共々持ってくれると言ってくれたの。
自分の気持ちに蓋をして、笑顔を貼り付けて、陰で泣いてる私に気付いてくれたの。

「そんなの、そんなの…」

ふるふると、口から言葉が溢れ出す。

「好きにならない訳、ないじゃない!!!」


思いがけず、深夜に雄叫びをあげてしまい、慌てて室内に舞い戻る。
おたおたしながらも、窓を閉めようとソロソロとベランダに再び近付くと、隣人もワタワタとしている様だった。

あぁ、見知らぬ隣人さん、驚かせてごめんなさい。
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