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【11話】暴かないで、募っちゃうから
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2杯目の白米を、まくまくと食べ進める彼を信じられない気持ちで眺める。
隣人は彼で、つまるところあの夜の雄叫びを聞いたのも彼で…
結局、彼は初めから私の気持ちを知ってて昨日を迎えたって事?
私が好きだって知ってたから、あんなに強気に出てたって事?
いや、あり得ない。
一歩間違えなくても変質者。
顔が良いからって全てが許される訳じゃ無い。
そうか、ベランダでお花ちゃん達に涙ながらに愚痴ってるのを隣で聞いてたから、私が泣き虫なのを知ってたんだ。
なーんだ、そっか、そうよね。
タネも仕掛けもありました。
37歳にもなって、運命の相手かもなんて思って馬鹿みたい。
何が目的なんだろう。やっぱりお金かな。
でも、私より、稀代の天才エンジニアの方がお給料は良いはずなんだけどな。
だとしたら、何だろう。暇を持て余した天才の、崇高なる遊び?
だって、考えてもみてよ
彼って私に一度も「好き」って言ってない。
「やよいさん?………何で泣いてるの?」
それまで喜色満面だった智正くんの顔面が、一瞬にして蒼白になっていく。
ガチャン、と音を立ててお茶碗とお箸を置くと、私の足元に跪く。
「どうしたの?お腹痛い?頭痛い?眠たい?それとも、終業間際に声掛けてきた男の事を思い出して気持ち悪くなっちゃった?」
俯く私を、オロオロと下から見上げる彼は、残酷なくらい美しい。本気で私を心配している顔で、本気で私を愛している声で、本気で私を守りたいと言う態度で、私を優しく包み込んでくる。
「ふぇ…っ」
私を暇潰し相手としか思っていなくても、お金目当てでも、この目の前の綺麗な子を好きになってしまった自分が、どうしても情けなくて、可哀想で、堪えようの無い悲しさが募って嗚咽を漏らしてしまう。
「どうしたらいい?何して欲しい?お薬飲む?抱き締めても良い?」
お願いだから、もう、心配するふりはやめて欲しい。
残酷過ぎるよ。
私は貴方が言う通り、一人で頑張って来たんだから。
でも、もうボロボロで、そんな時に貴方みたいな綺麗な子から甘い言葉を貰ったら、喉が渇いて仕方ないのに、もっと渇くと分かってても、貴方の劇薬みたいな蜂蜜を欲しがるしかなくなるの。
「ふぅぅ…っ」
立ち上がった彼に、覆い被さる様にして肩を抱きすくめられる。彼の心音が心地良かった。
少しの間、ギュッと力強く抱き締めた後、髪を優しく梳き通される。髪にキスしたり、頭を撫でてくれたり、あの手この手であやしてくれる。
「やよいさん、少し落ち着いたね?…どうしちゃったの?何かして欲しい事ある?」
私はスンスンと鼻を啜ってから、ガッチリと抱き止めた彼の腕の中から身を離すと、ゆっくり彼に伝えた。
「帰って欲しい。そして、二度と話しかけないで欲しい」
きっと、数十秒にも満たない沈黙の時間が流れた。私には数時間にも思えた。
「嫌だ。それ以外は何をして欲しい?」
「…っ!?そ、それ以外でして欲しい事はないよ!帰って!とにかく帰って!!」
「嫌だって。僕が聞いてるのは抱き締めて欲しい、とか、キスして欲しい、とか、そう言う事だよ?」
「そんな事しなくて良い。帰って、二度と私に関わらないで」
「本当に?僕に抱き締められたくないの?」
暴く様な瞳を向けられる。
抱き締めて欲しいに決まってるじゃないか。
もう、これ以上暴かないで欲しい。
思いが募って募って胸がつかえて苦しいよ。
「智正くんこそ何がしたいの?私に何をさせたいの?一瞬でも信じた私が馬鹿みたい。ベランダで愚痴る私を嗤ってたの?泣き虫だって気付いて貰えて、運命の相手かもって思った私を馬鹿にしてたの?」
堰き止めたはずの涙が、また大量に出て来る。
あぁ、ほら。
こんな事になるから、乙女心は何重にもバリアを張らなくちゃ。
ついつい気を許しちゃって、バリアを解くから、こんなに痛い目に遭っちゃうんだよ。
37歳にもなってみっともない。
…私、これから何回、自分をみっともないと思わなきゃいけないんだろう。
隣人は彼で、つまるところあの夜の雄叫びを聞いたのも彼で…
結局、彼は初めから私の気持ちを知ってて昨日を迎えたって事?
私が好きだって知ってたから、あんなに強気に出てたって事?
いや、あり得ない。
一歩間違えなくても変質者。
顔が良いからって全てが許される訳じゃ無い。
そうか、ベランダでお花ちゃん達に涙ながらに愚痴ってるのを隣で聞いてたから、私が泣き虫なのを知ってたんだ。
なーんだ、そっか、そうよね。
タネも仕掛けもありました。
37歳にもなって、運命の相手かもなんて思って馬鹿みたい。
何が目的なんだろう。やっぱりお金かな。
でも、私より、稀代の天才エンジニアの方がお給料は良いはずなんだけどな。
だとしたら、何だろう。暇を持て余した天才の、崇高なる遊び?
だって、考えてもみてよ
彼って私に一度も「好き」って言ってない。
「やよいさん?………何で泣いてるの?」
それまで喜色満面だった智正くんの顔面が、一瞬にして蒼白になっていく。
ガチャン、と音を立ててお茶碗とお箸を置くと、私の足元に跪く。
「どうしたの?お腹痛い?頭痛い?眠たい?それとも、終業間際に声掛けてきた男の事を思い出して気持ち悪くなっちゃった?」
俯く私を、オロオロと下から見上げる彼は、残酷なくらい美しい。本気で私を心配している顔で、本気で私を愛している声で、本気で私を守りたいと言う態度で、私を優しく包み込んでくる。
「ふぇ…っ」
私を暇潰し相手としか思っていなくても、お金目当てでも、この目の前の綺麗な子を好きになってしまった自分が、どうしても情けなくて、可哀想で、堪えようの無い悲しさが募って嗚咽を漏らしてしまう。
「どうしたらいい?何して欲しい?お薬飲む?抱き締めても良い?」
お願いだから、もう、心配するふりはやめて欲しい。
残酷過ぎるよ。
私は貴方が言う通り、一人で頑張って来たんだから。
でも、もうボロボロで、そんな時に貴方みたいな綺麗な子から甘い言葉を貰ったら、喉が渇いて仕方ないのに、もっと渇くと分かってても、貴方の劇薬みたいな蜂蜜を欲しがるしかなくなるの。
「ふぅぅ…っ」
立ち上がった彼に、覆い被さる様にして肩を抱きすくめられる。彼の心音が心地良かった。
少しの間、ギュッと力強く抱き締めた後、髪を優しく梳き通される。髪にキスしたり、頭を撫でてくれたり、あの手この手であやしてくれる。
「やよいさん、少し落ち着いたね?…どうしちゃったの?何かして欲しい事ある?」
私はスンスンと鼻を啜ってから、ガッチリと抱き止めた彼の腕の中から身を離すと、ゆっくり彼に伝えた。
「帰って欲しい。そして、二度と話しかけないで欲しい」
きっと、数十秒にも満たない沈黙の時間が流れた。私には数時間にも思えた。
「嫌だ。それ以外は何をして欲しい?」
「…っ!?そ、それ以外でして欲しい事はないよ!帰って!とにかく帰って!!」
「嫌だって。僕が聞いてるのは抱き締めて欲しい、とか、キスして欲しい、とか、そう言う事だよ?」
「そんな事しなくて良い。帰って、二度と私に関わらないで」
「本当に?僕に抱き締められたくないの?」
暴く様な瞳を向けられる。
抱き締めて欲しいに決まってるじゃないか。
もう、これ以上暴かないで欲しい。
思いが募って募って胸がつかえて苦しいよ。
「智正くんこそ何がしたいの?私に何をさせたいの?一瞬でも信じた私が馬鹿みたい。ベランダで愚痴る私を嗤ってたの?泣き虫だって気付いて貰えて、運命の相手かもって思った私を馬鹿にしてたの?」
堰き止めたはずの涙が、また大量に出て来る。
あぁ、ほら。
こんな事になるから、乙女心は何重にもバリアを張らなくちゃ。
ついつい気を許しちゃって、バリアを解くから、こんなに痛い目に遭っちゃうんだよ。
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…私、これから何回、自分をみっともないと思わなきゃいけないんだろう。
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