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第一章 オクタヴィアンはハゲを治したいだけ

第十一話 ヴラド公の訪問 

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 ヴラド公は屋敷に入る前、とても懐かしそうにそのベージュの石壁に囲まれた門をじっくりと眺めた。

「変わらないな」

 ヴラド公は少し嬉しそうな顔も見せて、屋敷の門をくぐった。しかし屋敷の雰囲気がやたら暗い事にヴラド公はすぐに気がついた。
 そこにオクタヴィアンがやってきた。

「よくぞいらっしゃいました。客間にご案内します」

「ふ。何回も足を運んだこの屋敷の客間。私が忘れたとでも思ったか?」

 ヴラド公は少し笑みをこぼしたが、オクタヴィアンはあまり表情が変わらない。ラドゥの事が頭に引っかかったままだったのだ。
 顔には出さないように気をつけてはいたが、ヴラド公はすぐに勘づいたようだった。
 しかしそこには触れず、ヴラド公は話し始めた。

「父君の事、昨日は言えなかったが、お悔やみ申し上げる。君の父君には大変お世話になった。本当に残念だ」

「あ、ありがとうございます」

 突然の申し出に、オクタヴィアンは少し混乱した。

「今日の本題に入る前にこれだけは言っておかないと思ってな。礼儀としてな」

「あ、な、なるほど……」

 少しオクタヴィアンの緊張が解けた。そして二人は屋敷の客間に向かいながら話を続けた。

「まだ詳しく聞いていないのだが、父君はどうして亡くなってしまったのだ?」

「あ、はい。父は……3ヶ月くらい前でした。舌の痺れを言い始めたんです。その後、手と足も痺れると言い始めまして……そして今度は腹を下すようになりました。その頃には立っているのも辛くなったようで、ほぼベッドから出られない状態になり、しばらくはその状態でした。でもある日ケイレンを起こし、その後、呼吸がすごく乱れて……。父はとても苦しみながら亡くなりました。医者に診せても何の病気かも分からずです」

 オクタヴィアンの説明に、ヴラド公は少し驚いた。

「そ、そんな壮絶な最期を遂げたのか……。オロロック……。鼻持ちならない男ではあったが……おっとこれは失礼。しかしそんな死に方をしなければならないような男とも思わなかった。それは君も辛かったであろう。しかし病名も分からない謎の病気とは……」

 そんな事を話している間に客間に着いた。
 ヴラド公は過去に何度も来たこの客間の奥のソファに腰掛けると、笑みを少しこぼした。

「……しかし、ここの使用人達も私に恨みがあるようだな」

 この態度にオクタヴィアンはゾッとした。
 実はヴラド公を客間に通す間の使用人達の目が、明らかに異様だったのを、オクタヴィアンも気づいてはいたのだ。
 
 その目つきは憎しみでいっぱいの、今にも襲いかかりそうなあまりにも殺気だったものだった。
 しかしそれがバレればその時点で処刑されるかもしれない。それは使用人達も当然分かっており、ヴラド公に顔は見られないように顔を下にしていた。
 オクタヴィアンは内心ヒヤヒヤしながらヴラド公に話をしつつ、客間までいっしょに歩いたのである。
 しかしそんな殺気は戦場に何度も向かっているヴラドにはお見通しだったのだ。

 その言葉には皮肉めいたものをオクタヴィアンは感じた。実際、使用人達はヴラドに恨みを持っていた。
 ジプシーで奴隷として生きている彼らは、ヴラド公が過去に行った国策【国の治安を向上させる】を名目に、身内を小屋ごと焼かれたり、犯罪者として捕まえられて、串刺しの刑に処されたりしている。
 使用人達の家族もそういった目に大なり小なりあっており、少なからずヴラドに恨みを持っていた。
 そして地主貴族の使用人達のほとんどは同じ目にあっているので、ヴラド公はどこに行っても恨まれた目で見られたのだった。

 オクタヴィアンはヴラド公の言葉は気にしないようにして、ヴラド公とは机を挟んで向かい側のイスに座るとあいさつもそこそこに、早速本題に入った。

「うむ。実はな、グリゴアをしばらく私の部隊として貸してほしいのだ。グリゴアには話したが、君は聞いていないか?」

 オクタヴィアンはそんな話は全く記憶になかった。昨日は酒を飲んでいたし、ラドゥの事で頭がいっぱいになり、他の事を聞く余裕もなかったのだ。
 グリゴアの方も屋敷中が動揺してしまい、話す余裕がなかった。

「そうか。聞いていないのなら最初から話そう。実はな、分かっていた事なのだが、前公のバサラブがオスマントルコの力を借りて、またこちらに向かって来るという話があってな。そこで急なのだが君の軍を借りたいのだ。今日はその話をしに来た」

 確かに急な話だ。昨日ワラキア国の公になってお祝いパーティーをしたのに、もう公の奪還をされる話をしている。
 しかし去年辺りからこのワラキア国は、公が何回も代わっていたので、オクタヴィアンは少し慣れっこになりつつあった。
 
 それにしても自分の私兵団を借りたいとはどういう事だろう?
 
 オクタヴィアンはやはり疑問に思った。何故なら昨日、宮廷の周りにはハンガリーとモルダヴィアの軍が大勢いたからだ。それについて質問をした。
 
「うむ、その事なんだが……実はな、ハンガリーの軍は帰還の命令が出て、今朝方ハンガリーへ戻っていったのだ。それにモルダヴィアの軍も二百人を残して国に戻っていったよ。双方、事情があるのだ。そんな訳でな、現在この国を守る軍はモルダヴィアの二百人だけという事になる。そこに私が追い出したバサラブはオスマントルコに泣きついてまた攻めに来たら……という事だ。そこで我が国を守る為に、君の屋敷だけではなく、昨日儀式に来た地主貴族達を回っているという訳だ。どうだろうか?」

「え……」

 その答えにオクタヴィアンは驚いた。
 
 そんな事ある? キリスト教国家の危機だと言ってヴラド公を持ち上げたハンガリーとモルダヴィアが軍を引き上げるってっっ! めちゃくちゃじゃないか! って言うか、我が国を守るって毎回公の首を替えるだけで、もう国なんて充分めちゃくちゃなのに!

 オクタヴィアンは一瞬の内にこう思ったが顔には出さなかった。そしてまた一つ疑問がわいた。

「ヴラド公。そんな状態で戦って、死ぬつもりなんですか? だってボクの家の軍隊を貸したところで、たいした人数にはなりませんよ?」

 ヴラド公はその質問を聞くと更に笑った。

「……オロロック……。君の下の名は……なんと言ったかな?」

「オクタヴィアン。オロロック・オクタヴィアンです」

「オクタヴィアン……良い名だな。それではオクタヴィアン。私の事をよく知ってほしい」

 そうヴラド公は言うと席を立ち、オクタヴィアンの目の前に来ると、オクタヴィアンの両肩に両手をガッチリと掴んで顔を近づけた。そして目をしっかりと見つめた。その顔は至って真剣である。

「私はまず、死ぬ気はない。次に借りた兵士……グリゴアや他の者も無駄死にさせる気などない。そして、私はワラキア公国を、キリスト教国家のワラキア公国を背負って生きなければならない。それには全力を尽くして国を守る策を練るし、戦う。そして国家もよくしていきたいと思っている。確かに以前の政策で、国内の地主貴族達や犯罪者達をことごとく処刑した。それもこのワラキアを守るためだ。ここで踏みとどまらないと、ワラキアは消滅してしまうのだ」

 ヴラド公のその言葉に嘘は感じられなかった。その真っ直ぐな嘘のない瞳を、オクタヴィアンもじっくりと見つめた。そしてヴラド公の並大抵ではない覚悟を感じた気がした。
 そんなヴラド公だからこそ、この質問をしなければならないと、オクタヴィアンは思った。

「それでラドゥ様も殺してしまったのですか?」
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