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第一章 オクタヴィアンはハゲを治したいだけ

第十四話 急変

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 オクタヴィアンは屋敷の客間でヴラド公から預かったアリスファ・テスラの本に再び目を通し始めた。

「手の痺れ……手の痺れ……」

 オクタヴィアンは父と自身の手の痺れに関しての手がかりがないか探し始めたのである。

 すると手の痺れに関する項目はなかったものの、いろんな箇所に【手の痺れ】という言葉を見つけた。そこには単純に体重を乗せた為の痺れから、どうやら首を左右に振ると痺れるといった症状など、さまざまな病気と思われる物が載っていた。オクタヴィアンはその中をいろいろと探し始めた。

 その頃、台所にきたローラとヨアナは、オクタヴィアンに頼まれたワインを見つけたところだった。
 調理台の上に、エリザベタが置いたままにしておいたと思われるワインボトルとワイングラスが二つ、おぼんに載っている。
 ローラはそれを見つけると、両手でそれを持った。

「さあ行きましょう」

「うん。ねえ、私もワイン、飲んでいい?」

「ダメですよ。前も言ったでしょ? ヨアナ様にはまだ早いです」

 ワインを飲んでみたいヨアナにローラは笑いながら拒否をした。そうして二人はまたオクタヴィアンのいる客間に戻って行った。

 さっそく客間に戻った二人は、難しい顔をして本を読んでいるオクタヴィアンの目の前にワイン一式をちょっと大げさにガシャンと置いた。

「パパ! ワイン!」
「お待ち同様でした」

「わあ! あ、ありがとうっっ。ぜんぜん気づかなかったよっっ」

 目を丸くしたオクタヴィアンの顔を見て、ヨアナとローラは笑みをこぼした。

「あ、私、ヨアナ様の勉強道具持ってきますので、ヨアナ様はここで待っててくださいね」

「え? ここで二人勉強するのかい?」

「うん」

 屈託のない笑みを返したヨアナに、オクタヴィアンもそれを了解した。

 そしてローラが部屋を出て行くと、オクタヴィアンはおもむろにワインに手を伸ばし、金属製のグラスに注いだ。
 ヨアナはそのワインをとても飲みたそうに見つめている。

「え? 飲みたいの? ヨアナ?」
 
「うん。飲みたい♪」
 
「え? でもなあ……エール(アルコール度数の低いビール。当時は水の代わりに飲料水として飲まれていたらしい)と違って、子供にはキツいからなあ。それに飲んだらローラに怒られちゃうよ?」
 
「でも飲みたい~~」

 ヨアナは机に両肘をつくと、足をバタバタさせて飲みたいアピールをした。そのヨアナのかわいさに、オクタヴィアンは参った。

「分かった。分かったよ。あげるあげる! でも少しだけだよ? それにローラには内緒だよ?」

 この言葉にヨアナは大感激した。

「うん! うん!」

 こうしてオクタヴィアンは少し困り顔でワインをグラスに少しだけ注いだ。ヨアナはイスに座る事も忘れて、ワイングラスに夢中である。

「いいかい? これはお客様用のグラスだから、落として凹ましちゃあダメだよ」

「うんうん♪」

 ヨアナは全くオクタヴィアンの話を聞いていない。既に両手でワイングラスを持ち、注がれた赤ワインをジッと見つめている。

「じゃあ、ホントにこれだけだよ。乾杯」
 
「かんぱ~~~い!」

 オクタヴィアンの音頭に合わせたヨアナはワイングラスを両手に持って、思いっきりグイっ! と、一口でグラスの中のワインを全部飲んでしまった。

「おいおいおいおいっっ! ヨアナっっ!」

 量が少ないとはいえ、一気にワインを飲んでしまったので、オクタヴィアンは当然慌ててヨアナを抱きかかえた。
 抱きかかえられたヨアナは、ニコっと笑った。
 しかし次の瞬間、胸を押さえ始め、苦しみだした。
 
「うう……」
 
「何? どうした?」
 
 いきなりの出来事にオクタヴィアンは何が起こっているのか分からない。
 
「い、痛い……」
 
 ヨアナはそう言うと、その場で血をブア! と吐き、そのまま床に倒れこんだ。

「ヨ、ヨアナ! ヨアナ! だ、誰か! 誰かーーーーーー!」

 オクタヴィアンは倒れたヨアナを抱え込み、大声で助けを求めた。
 その時、大慌てでローラが客間に入ってきた。

「ヨアナ様? ヨアナ様!」

 オクタヴィアンに抱えられたヨアナにローラは寄り添い両手を持ったり、顔を撫でたりしながら、ヨアナに声をかける。しかしヨアナの意識は既にない。

「ヨアナ様! ヨアナ様!」

 もう半狂乱で泣き始めたローラが、オクタヴィアンからヨアナを奪い、大きく抱きしめながら意識を戻そうと必死にヨアナの身体を揺らしている。
 その必死なローラにオクタヴィアンは少し驚いた。しかし驚いている場合ではない。
 
「ヨアナ! ヨアナ!」
 
 オクタヴィアンはローラといっしょに意識のないヨアナに声をかけた。

「そ、そうだ! ワインを飲んでからこんなことになったんだ! ワインを吐かせようっっ」

 その言葉を聞いたローラは、一心不乱にヨアナの口に指を突っ込んだ。
 するとヨアナがゲホ! ゲホ! と、血と共に赤ワインを吐き出した。そしてゼイゼイと苦しそうに息を始めた。

「ゔゔ……」
 
「よかった!」
 
 声を出したヨアナを確認したローラは思いっきりヨアナを抱きしめた。横にいるオクタヴィアンもとりあえず安堵した。
 しかし安心するのはまだ早い。なぜなら声こそ出したが、意識が戻っているとはとても言い難い状態なのだ。

「ヨ、ヨアナ!」

 オクタヴィアンはヨアナの手を取り声をかける。ローラも身体を揺すって意識を戻そうと必死だった。

 そこに真っ青な顔をしたエリザベタが目の前に現れた。

「な、何故?」

 それ以上は声にならないエリザベタ。オクタヴィアンはエリザベタに気がついた。

「ご、ごめん! 医者をよ、呼んできてくれ! 頼む!」

 この時、オクタヴィアンは舌がもつれる感じがした。
 しかしエリザベタはそれには気づく余裕もなく、動かず、ワナワナと震えたまま、全くオクタヴィアンの言葉など耳に入っていない。
 痺れを切らしたオクタヴィアンは、エリザベタの所まで駆け寄った。

「い、いいかい? ボクはは、医者を呼んでくるから、エリザベタはローラとヨアナを、み、み、みててくれ! なば!」

 エリザベタは挙動不審になった目でオクタヴィアンを見たが、声にならないのか言葉が出ない。しかし事情は飲み込めたようで、震えながらもヨアナとローラの元へ向かった。
 こうしてオクタヴィアンはアンドレアスを呼ぶと、町一番の医者の所へ行こうとした。
 しかし馬車に乗った時、ローラが駆け寄って来た。

「医者じゃ無理です! テスラ様の所へ行かないと!」
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