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第三章 思惑

第三十九話 もう一匹の屍食鬼

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 レオナルドだった屍食鬼を退治したオクタヴィアンは、その遺体を壁沿いに下ろすと、振り返って三人の顔を見た。
 三人はまだ見て見ぬふりをして、あいさつを終わらせていた。

 あ、気まずい事をしちゃったか? たぶんしたな……。そりゃさっきまで同僚だった男の首切って血を飲んでたら……

 オクタヴィアンはバツの悪い気分にはなったが、気を取り直す事にした。

「よし! これで屍食鬼は退治したよ。グリゴア、とりあえずここの血を他の人が触らないようにしておいてくれ。それで……」

 その時ヤコブが割って入ってきた。

「い、いや、待ってください! 怪物は別にいるんですっっ! 隣の部屋に! 昨日ここから助けた男が今朝死んじゃって安置されてたんですけど生き返っちやってっっ! 部屋で暴れてるんですっ!」

「え? ええ?」

 オクタヴィアンは驚いた。昨日の火事で生き延びた使用人がいたのだ。

 せめて生きていてくれたら、どんな状況だったのか聞けたのに……

 オクタヴィアンは残念な気持ちになった。

 この考えはグリゴアも同じだった。
 今朝方、その男の死亡を確認して、状況が聞けない事に苦虫を噛みしめる思いだったのだ。

 しかし、まさかその男が生き返るとは微塵も思っていなかったので、やはりヤコブの言葉には驚いた。

 オクタヴィアンはもう一回気を取り直した。

「よ、よし! じゃあ、隣の部屋の屍食鬼を退治しにボクは行く! グリゴア、いっしょに来てくれないか? ボク一人だと、そこにいる人達がパニックになるかもしれないから」

「分かった。ヤコブ、そこの~……アンドレアスとここで遺体を見張っててくれ!」

「はい!」

「ヘイ、ダンナ~!」

 こうしてオクタヴィアンとグリゴアは階段を登っていった。

 それを気合の入った返事で見送ったヤコブだったが、二人がいなくなるや全身の力が抜け、壁沿いに松明の灯りに照らされる血まみれになって倒れているレオナルドだった屍食鬼の遺体を眺めはじめた。

「レオナルド…………」

 そうして体を震わせて静かに泣いた。

 それをアンドレアスは静かに見守った。



 オクタヴィアンとグリゴアは、隠し通路の階段を登って、廊下を歩いて別の階段を降り、隣の部屋の前までやってきた。

 案の定、そのちょっとしかない道中の間にも、怪物化したオクタヴィアンを見て兵士や使用人達がギャーギャー騒ぎ、それをグリゴアがなだめ、その後ろをオクタヴィアンがバツを悪そうに歩くという面倒くさい事になってしまった。

 それは仕方のない事で、怪物化したオクタヴィアンを松明の灯りで見ると、不気味さがかなり増す。
 近くに来る兵士達皆が剣を抜こうとするのも無理のない話だった。

 しかしそれを見るたびに、オクタヴィアンの心は少しずつ折れた。

 あ~……ボクはここの城主のハズなんだけどなあ~……何だか悲しいなあ~……

 しかしそんな事を考えている場合ではない。この部屋には自分の屋敷で噛まれ、屍食鬼と化した男がいるのだ。

 そいつは倒さねばならない。

 かつて仲間だった男だったとしても、もうその男は人ではなくなっているのだから。
 
 オクタヴィアンはその部屋の前まで来た。
 そのドアは木製でかなり分厚いのが分かる。そして廊下側に開くようになっている。

 そのドアを今にも出せとばかりになかり強力な力でバンバンと内側から叩いている何かがおり、それを出さないようにと兵士や使用人が三人でドアを背中きら抑えていた。

「グ、グリゴア様! も、もうダメですっっ! 中の死人がすごい力でっっ!」

「うん! 分かった! みんな大丈夫か? おまえ達はもう下がっていいから、オクタヴィアンが帰ってきたから、彼と交代するんだ」

「え? オクタヴィアン様?」

 兵士達三人はグリゴアの奥のオクタヴィアンを見た。

「ひゃ! か、怪物!」

 当然そうなった。ここでまたグリゴアが説明をし、何とか三人をなだめると、オクタヴィアンはドアの前まで行くと右手でドアを抑えた。

「じゃあ、キミ達、もう逃げていいよ」

 三人は恐る恐る涙目になりながら走って階段を駆け上がっていった。

 ……そんなにボク、怖いんだな……

 ここでまた一つ凹んだオクタヴィアンであったが、ドアを叩いたり押してくる力はそれなりに強いのでこれが屍食鬼なのは明白で、このドアを開けるとすぐに屍食鬼が襲ってくるのが想像できた。

「グリゴア、またキミも含めてみんなを部屋から遠ざけるんだ。また血が飛んで、誰かの口に入ったら大変だからね。それに誰かが襲われるかもしれない。いいね」

 オクタヴィアンはそう言うと、グリゴアや兵士達を遠のけた。

 よし……ドアを開けるぞ……

 オクタヴィアンはそっと右手をドアから離した。

 すると屍食鬼が動きが鈍いながらも、必死でドアを開け放ち、廊下に出てきた。
 と、同時に信じられないくらいの輝きが目に飛び込んできた!

 眩し! 痛っっ! 何? 十字架?

 この部屋の奥の壁に大きな十字架がかかげられていたのだ。

 オクタヴィアンはその輝きに痛烈な痛みを感じ、思わず手で目を覆った。

 それと同時に屍食鬼が慌ててこの部屋から出てきた事にも気がついた。

 屍食鬼! 見逃しちゃダメだ!

 オクタヴィアンは慌ててドアを閉めると、部屋から出てきた屍食鬼を確認した。

 屍食鬼は案の定、のんびりとしか歩いていない。

 しかし光がキツかったようで、背中が焼けただれており、煙も上がっている。
 そしてゆっくりながらもグリゴアや兵士のいる方へ向かっていた。

 オクタヴィアンはすぐに屍食鬼の後ろにつくと、首をバギバキ! と、折った。しかしまだ動いている。

 どうしようかな……

 少し考えたオクタヴィアンは、今度は屍食鬼の両手足の骨をこれでもかと折りまくった。

 屍食鬼は立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。
 しかし折れまくった手をまだグリゴア達の方へ向かって伸ばし、何とかそちらに行こうとしている。

 オクタヴィアンはその手を取ると、残りの三本の手足もさらにバギバキに折り、四本ともぐにゃぐにゃになった事を確認すると、その四本の手足を背中側でねじって縛りあげた。

 こうして屍食鬼はまるで荷物をまとめた風呂敷のような格好になり、首も関節を折られている為に上を向いたまま動かせず、ただ口だけがカチカチと動いている。

「よし! これでいいだろう。グリゴア、どうだ?」

 オクタヴィアンがそう言うと、グリゴアは近くまでやってきて、まとめられた屍食鬼を見て嫌~な顔を見せた。

「こ、これが昨日助けたあの男か……。さっきのレオナルドもそうだったが、何か本当に怪物になってしまうんだな……同じ人間だったとは思えないよ……」

「そうだな……昨日のうちの使用人達もみんなすごい変貌の仕方してた……」

 オクタヴィアンとグリゴアはしばらく屍食鬼を見ながら黙り込んだ。

 そして二人は今後の事を話し始めた。

「グリゴア、どうする? これから? ヴラド公を裏切ったような形に今のところなっちゃってるかもだよ?」

「……そうかもしれないな。ブルーノの報告次第だとは思うけど……。どちらにしろ指名手配はかかっただろうな。……せめてコイツを見せて説明ができたらいいんだが……」

「ああ! そうだよ! そうしようよ! コイツを宮廷に持ってって、説明すればいいんだよ! せっかく持ちやすい形にしたんだし!」

 屍食鬼はキシキシ歯を鳴らして威嚇をしている。

「これ持ってくのか? 気持ち悪いなあ~……」

 そう言いながらもグリゴアはオクタヴィアンの案に賛成した。
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