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第四章 ワラキア公国の未来が決まる日

第五十話 オクタヴィアンが寝てる間に……

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 時間はさかのぼってその日の朝。

 オクタヴィアンが寝た後、グリゴアは夜中に近くの村から集めた大量のニンニクと十字架を出来るだけ多くヴラド公に渡す為、ヤコブにトランシルヴァニアの商人の格好をさせて、宮殿に向かわせた。
 もちろんオクタヴィアンが森で見たというモゴシュの私兵団の事も知らせる指令も出していた。

 そして聖水は城内の礼拝堂で城の神父に頼んで作ってもらい、それを城にある分の壺などに入れて用意させた。

 こうしてオクタヴィアンがヴラド公からの伝達を言いそびれても、グリゴアは自分で考えて用意をした。

 ヤコブが眠たい目を擦りながら馬車で宮廷に入ると、モルダヴィアの二百人の兵士、テオフィルの私兵団、ブルーノが集めた荒くれ者などでごった返しており、何が何だか分からない様な状態だった。

 おかげでヤコブはグリゴアから聞いていたヴラド公の部屋を怪しまれずに見つけ、無事にモゴシュの私兵団の事を伝える事ができ、荷物もさりげなくヴラド公の部屋の脇に置く事ができた。

「……なるほど。まあ、そうだろうな」

 ヴラド公はすでにそれには気がついていたようで、ヤコブに今度はグリゴアへの伝言を話した。

「今日の昼過ぎ…夕方にかけて、馬車を数台、一台でもいい。ホロの中をなるべく強化して、森の中へ入り、ある程度の所まで行ったら、すぐに引き返すんだ。私兵団という奴らはバカの集まりだから、それをしただけで一斉に攻撃を始め、矢を減らし、姿を現して必ず追ってくる。そして森を出た所を私達が仕留めよう。だからホロの中、特に後ろの盾を強化しておく様に」

 その伝令を受けたヤコブは、急いで城へ戻った。

「そうか、分かった。じゃあ俺達だけで行くか」

 グリゴアはこう言うと、城の兵士達に「夕方になってヴラド軍が出発したのを見計らってから、援護をする用意をして軍が見えるか見えないかぐらいの所に着け」と命令をして、自分はヤコブを連れてオクタヴィアンとアンドレアスが寝ている連絡通路まで降りて行った。

 その頃には城に棺桶が二つ届いており、一つはローラ、一つはオクタヴィアンの棺桶だった。

 そしてローラの横で寝ていたアンドレアスを起こすと、ローラとオクタヴィアンをそれぞれ棺桶に入れて、オクタヴィアンの入った棺桶を蓋が開かない様に三人で慎重に屋敷跡の焼け野原に出し、そこにトランシルヴァニアの商人に化けた馬車を用意してとりあえず入れた。
 
 こうしてグリゴアとヤコブ、アンドレアス、棺桶の中で寝ているオクタヴィアンの四人はブカレスト手前の森を目指した。

 この時、すでに昼過ぎ。

 グリゴアとヤコブはここまで寝る暇がなかったので、御者は顔を隠したアンドレアスに任せて、馬車の中でしばらく寝た。



 一方ヴラド公は、ブルーノやテオフィルに、昼過ぎにブカレストに向けて出発するという指示を出しておいたので、こちらもそろそろ用意が整ってきた。
 モゴシュには、客間から動くのをやめる様にと伝え、こちらも出発を始めた。

 こうしてヴラド軍は出発したが、森の手前に来る前に、二百人のモルダヴィア兵の様子がおかしくなった。
 その異変にヴラド公はすぐに気がついた。
 仕方なく前進を止め、ヴラド公はモルダヴィアの兵士達の元へ向かい、話を聞きに行った。

「何? 腹や胸が痛い?」

 症状を訴える兵士の様子をよく見ると、手や足が痙攣を起こしている。

 ヴラドは周りを警戒した。



 グリゴア達を乗せた馬車は、数時間かけて森へ入った。
 その頃にはグリゴアとヤコブは目を覚ましており、いつ攻撃が始まるか心配しながら馬車を走らせていた。
 森に入り、しばらくは何も起こらなかった。

 しかしそのうちに、前方に道を塞ぐ形で馬車が一台止まっている事に気がついた。
 更に後ろにも同じ速度で走る馬車が一台。
 
「ま、まずい……挟まれたっっ」

 グリゴア達はこの状況に焦った。

 当然グリゴア達を乗せた馬車は止められた。

「おい。こんな物騒な時に何処を目指している?」

 モゴシュの私兵団と思われる男が聞いてきた。

「へ、へい~……オ、オラ達はそのお~……」

 そう答え出したのは御者席にいたアンドレアス。
 しかし私兵団の男はアンドレアスが話し始めた途端に、驚いて馬車から離れた。

「か、怪物だあ~っっ!」

 この声をきっかけに、兵士達が身構え始めた。しかし同時に恐怖で震えているのもグリゴアには感じた。
 そこでグリゴアは、アンドレアスに命じた。

「アンドレアス! そのまま馬車を降りて、兵士達を驚かせ! それで後ろの馬車の連中と馬も驚かせて道を開けるんだ!」

 アンドレアスはグリゴアの指示通り、御者席から降りると、私兵団の兵士達に向かって走り出した。
 いきなり見た事もない毛むくじゃらの怪物が目の前に現れた兵士達は、思わず武器を置いて逃げ出した。
 そして後方の馬車の馬も驚かすと、まんまと走って自分達の馬車を追い越し、道を塞いでいる馬車の手前まで突進してしまい、乗っている兵士達も慌てて逃げ出した。

「よし! 引き返すぞ!」

 グリゴアの掛け声でアンドレアスは馬車に戻ると、馬車をUターンさせて元来た道を戻り始めた。
 敵軍は戸惑いながらも追ってきた。
 グリゴアは(よし! 作戦通り!)と思った。

 そして馬車が森を抜けた。
 ヴラド公の軍も来ている!

 しかし……何かおかしい……

「え! 戦闘?」

 そうなのだ。森の手前の草原で、ヴラド軍同士が斬り合いを初めていたのだ。
 と、いうよりもモルダヴィアの兵士達が、ほぼ一方的に殺されていたのだ。

「な? どういう事だ?」

 グリゴア達は唖然となって、その中には入らず、馬車を止めた。
 すると、その戦闘の中から、一頭の人を乗せた馬が突然現れた。

 ヴラド公だ!

 御者席にいたアンドレアスは慌てて馬を走らせ、その馬に近寄ろうとした。
 そしてグリゴアはヴラド公に向かって叫んだ。

「何があったんですか?」

「テオフィルとブルーノにしてやられた!」

 ヴラド公は笑顔で馬を走らせ、森の中へ入って行った。

 森の中はモゴシュ軍が待っている!
 しかも草原からテオフィル達が追って来ている。
 しかしここで、グリゴアの待機していた軍が、テオフィルの軍に襲いかかり、草原はさらにごちゃごちゃになった!

 グリゴアは、自分の軍の指揮に回りたかったが、それよりも一人森に突っ込んだヴラド公の救出が先と判断して、馬車を森に走らせた。

 この頃、陽は落ちようとしていた。
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