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子飼い
六角蜂起
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浅井備前守の裏切りは、上総介自身にも深い心の傷を負わせ、織田軍全体を窮地に陥れることにもなった。三好三人衆を討つべく摂津野田・福島に陣取っていては、浅井・朝倉連合軍に後背を突かれ、全滅の憂き目に遭いかねない。やむなく上総介は、野田・福島から退去し、三好三人衆と浅井・朝倉連合軍の連携を絶つべく、浅井・朝倉連合軍が陣を構えた比叡山を包囲することにした。
藤吉郎は、浅井本軍の進撃を食い止めるべく、横山城に取って返した。三条大橋の袂で与えられた藤吉郎の替え馬は既に返し、安治は徒歩で藤吉郎に従っていた。藤吉郎の軍勢は、高槻を過ぎたあたりで小休止を取った。安治は、藤吉郎の本陣の傍で控えていた。
「甚内!甚内はどこぞにおる!」
藤吉郎が突然大声で呼ばわった。
「こちらに控えております。」
安治は、藤吉郎の目につくところで畏まった。
「甚内、今日よりわしの馬廻を務めよ。」
藤吉郎が言い終わらぬうちに、騎馬、馬具、馬取り二人が安治の前に引き出されてきた。
「先の軍令破りは、決して許されるものではない。じゃが、それはお主の忠義の裏返しでもある。ましてや、今は火急の折り。機敏なお主の力を発揮できる好機じゃ。存分に働くがよい!」
「はは、ありがたき幸せ!」
安治は地に額をつけて、藤吉郎の厚情に謝した。正直、安治もここまでとんとん拍子に進むとは思っても見なかった。安治の咄嗟の判断が、侍への道を開いた。とはいえ、藤吉郎とて、ただで安治を侍に引き上げたわけではない。更なる忠節を求めていることは間違いない。
藤吉郎の凄味は、仕掛けが大胆なことである。それは、戦においても、政においてもである。安治の侍身分の引き上げもそうだ。並み部将であれば、配下の勲功におうじて褒賞を出す。これなら、褒賞の出し損はない。ところが藤吉郎は、めぼしい者には褒賞を先払いし、むしろその者を“縛る”のだ。先に褒賞をもらった以上、働かないわけにはいかない。何より、褒賞を先に渡すような主君であれば、戦功を上げさえすれば、見合った褒賞は間違いなくもらえる。故に、藤吉郎に気に入られた者は、死に物狂いで働く。安治も気に入られた口ゆえ、それは身に染みて分かる。分かっていながら、そうせずにはいられないよう仕向けるのが藤吉郎である。
「全軍、出立じゃ。横山城まで一気に駆けるぞ。遅れるな!」
藤吉郎は、全軍を鼓舞しながら進軍を始めた。
後は、いかにしてこの身を守っていくかじゃな。安治は、ぼそっとつぶやき、藤吉郎の後をついていった。
藤吉郎の軍勢は横山城に入城し、浅井本軍が比叡山に入らないよう防衛体制に入った。この頃になると、比叡山の膠着状態をした反織田勢力が、こぞって挙兵した。観音寺合戦で織田軍に敗れた六角承禎が近江の門徒衆と挙兵し、美濃と京の街道を封鎖した。さらに、伊勢長島では顕如の檄を受けた門徒衆が一揆を起こした。
浅井本軍の進軍を食い止めていた藤吉郎だが、六角承禎に街道を封鎖されたままでは、比叡山を包囲する織田軍の兵糧が欠乏してしまう。そこで藤吉郎は、街道の封鎖を解くべく、六角承禎との交戦を上総介に進言し、承諾を得た。
藤吉郎は、自軍を、横山城の守りに当たる兵と六角承禎と交戦する兵に分け、藤吉郎自身は六角承禎討伐軍の指揮を執ることとなった。藤吉郎が六角承禎討伐に向かうとなれば、安治も当然随行することとなる。
「甚内、今こそ亡父の無念を晴らすときぞ!」
「はっ!」
そうだ。六角を討つということは、あの山岡暹慶と対峙することに他ならない。奴のことである。忍びの技で、殿を狙い撃ちするやもしれぬ。この火急のおり、殿が討たれては、織田軍全軍の士気に関わる。仇討ちは悲願なれど、今は殿のお命を守ることが何よりも大事。馬廻としてそこは弁えねばなるまい。安治は、仇討ちは一旦脇において、藤吉郎の身を守るべく、藤吉郎と駒を並べるようについていった。
六角承禎は、観音寺城が望める安土山付近に本陣を構えていた。美濃と京の道を絶つには絶好の場所だ。あわよくば、織田家に奪われた観音寺城を奪還するつもりでもおったのだろう。対する藤吉郎は、かつて自らの手で落とした和田山付近に陣を構えた。
「殿、憚りながら、拙者、斥候に参ります。」
安治は、自ら志願した。藤吉郎の手勢は、千はくだらない。上総介が比叡山に釘付けになっている隙をついたとはいえ、観音寺城を失った六角家に往時の勢力などあろうはずはない。多く見積もっても、味方の半分程度であろう。伏兵の所在を探り、一気に攻め込んで早期に決着を図りたい。あわよくば、勢いに乗じて、山岡とも勝負を決したい。そう思っての、志願であった。
藤吉郎は、浅井本軍の進撃を食い止めるべく、横山城に取って返した。三条大橋の袂で与えられた藤吉郎の替え馬は既に返し、安治は徒歩で藤吉郎に従っていた。藤吉郎の軍勢は、高槻を過ぎたあたりで小休止を取った。安治は、藤吉郎の本陣の傍で控えていた。
「甚内!甚内はどこぞにおる!」
藤吉郎が突然大声で呼ばわった。
「こちらに控えております。」
安治は、藤吉郎の目につくところで畏まった。
「甚内、今日よりわしの馬廻を務めよ。」
藤吉郎が言い終わらぬうちに、騎馬、馬具、馬取り二人が安治の前に引き出されてきた。
「先の軍令破りは、決して許されるものではない。じゃが、それはお主の忠義の裏返しでもある。ましてや、今は火急の折り。機敏なお主の力を発揮できる好機じゃ。存分に働くがよい!」
「はは、ありがたき幸せ!」
安治は地に額をつけて、藤吉郎の厚情に謝した。正直、安治もここまでとんとん拍子に進むとは思っても見なかった。安治の咄嗟の判断が、侍への道を開いた。とはいえ、藤吉郎とて、ただで安治を侍に引き上げたわけではない。更なる忠節を求めていることは間違いない。
藤吉郎の凄味は、仕掛けが大胆なことである。それは、戦においても、政においてもである。安治の侍身分の引き上げもそうだ。並み部将であれば、配下の勲功におうじて褒賞を出す。これなら、褒賞の出し損はない。ところが藤吉郎は、めぼしい者には褒賞を先払いし、むしろその者を“縛る”のだ。先に褒賞をもらった以上、働かないわけにはいかない。何より、褒賞を先に渡すような主君であれば、戦功を上げさえすれば、見合った褒賞は間違いなくもらえる。故に、藤吉郎に気に入られた者は、死に物狂いで働く。安治も気に入られた口ゆえ、それは身に染みて分かる。分かっていながら、そうせずにはいられないよう仕向けるのが藤吉郎である。
「全軍、出立じゃ。横山城まで一気に駆けるぞ。遅れるな!」
藤吉郎は、全軍を鼓舞しながら進軍を始めた。
後は、いかにしてこの身を守っていくかじゃな。安治は、ぼそっとつぶやき、藤吉郎の後をついていった。
藤吉郎の軍勢は横山城に入城し、浅井本軍が比叡山に入らないよう防衛体制に入った。この頃になると、比叡山の膠着状態をした反織田勢力が、こぞって挙兵した。観音寺合戦で織田軍に敗れた六角承禎が近江の門徒衆と挙兵し、美濃と京の街道を封鎖した。さらに、伊勢長島では顕如の檄を受けた門徒衆が一揆を起こした。
浅井本軍の進軍を食い止めていた藤吉郎だが、六角承禎に街道を封鎖されたままでは、比叡山を包囲する織田軍の兵糧が欠乏してしまう。そこで藤吉郎は、街道の封鎖を解くべく、六角承禎との交戦を上総介に進言し、承諾を得た。
藤吉郎は、自軍を、横山城の守りに当たる兵と六角承禎と交戦する兵に分け、藤吉郎自身は六角承禎討伐軍の指揮を執ることとなった。藤吉郎が六角承禎討伐に向かうとなれば、安治も当然随行することとなる。
「甚内、今こそ亡父の無念を晴らすときぞ!」
「はっ!」
そうだ。六角を討つということは、あの山岡暹慶と対峙することに他ならない。奴のことである。忍びの技で、殿を狙い撃ちするやもしれぬ。この火急のおり、殿が討たれては、織田軍全軍の士気に関わる。仇討ちは悲願なれど、今は殿のお命を守ることが何よりも大事。馬廻としてそこは弁えねばなるまい。安治は、仇討ちは一旦脇において、藤吉郎の身を守るべく、藤吉郎と駒を並べるようについていった。
六角承禎は、観音寺城が望める安土山付近に本陣を構えていた。美濃と京の道を絶つには絶好の場所だ。あわよくば、織田家に奪われた観音寺城を奪還するつもりでもおったのだろう。対する藤吉郎は、かつて自らの手で落とした和田山付近に陣を構えた。
「殿、憚りながら、拙者、斥候に参ります。」
安治は、自ら志願した。藤吉郎の手勢は、千はくだらない。上総介が比叡山に釘付けになっている隙をついたとはいえ、観音寺城を失った六角家に往時の勢力などあろうはずはない。多く見積もっても、味方の半分程度であろう。伏兵の所在を探り、一気に攻め込んで早期に決着を図りたい。あわよくば、勢いに乗じて、山岡とも勝負を決したい。そう思っての、志願であった。
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