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迫る巨狼を例えるならば、嵐か津波が近しい災厄であろう。
逃げることは難しく、抗うことなど不可能に近い人の手には負えない何か。
大地をめくりあげ、空から雷を降らせながら迫るそれがこの町に到来すれば、おそらく面影一つ残ることなく破壊され蹂躙されつくすのだろう。
一歩其れが大地を踏みしめれば地揺れが起こり。
一つ吠えれば雷が大地をたたく。
平原に転がる大きな岩も、その災厄の前では小石も同然であり、蹴り飛ばされ吹き飛んだ平原の岩が宙を舞い、城門の近くに鈍い音を響かせて落下する。
ただ蹴飛ばした石が……まるで大砲のよう。
アルムハーンの壁の上に立つ人々の顔を、恐怖と不安が青く染め上げるのは簡単で。
迫る狼に比べ、相対する人々のなんと小さく非力なことか。
津波や嵐に近い災厄に……弓で立ち向かおうとする人々はもはや、哀れを通り越して滑稽だろう。
「家で死を待つ方がよほど潔いというものだ」
そんな自嘲を一人の兵士が呟き、誰よりも早く弓を引く。
そう……弓を引いた。
それでも彼らは……抗うことに決めたのだ。
「構え! へっぴり腰のやつは、ケツに蹴り入れてやるから気合い入れな!」
そんな掛け声に、心配ご無用と言わんばかりに冒険者たちは構えをとる。
恐怖も不安も何もかもを飲み込んで、弓を引く。
自分の物語の続きを綴るために。
そうあれと、背中を押されたから。
自分たちを置いて先陣を切っていった者たちがいたから。
そして何より、未知に、不思議に、不可能に挑み切り開く。
それが冒険者だから。
「放てえええぇ!!」
指先から離れた弓矢は、その決意に呼応するかのように空へ飛ぶ。
太陽の光を背に暗雲へと向かうその弓矢は、かつて勇者の旅立ちを祝福した、恵の雨のようであった。
◇
悪逆到来に呼び出された獣の王は、その命令のままに目標を蹂躙すべくひた走る。
目前にそびえる建築物は矮小。
施された魔法は彼を阻むほどの神秘を内包せず、蹂躙し動くもの一切を塵殺するのに五分も要しない。
簡単、ゆえに腹立たしい───
そう心の中で獣の王は憤りを静かに燃やす。
キングフェンリル。世界を喰らい、主神をも食いちぎった怪物の王。
三千世界の英雄たちを幾人もその牙と爪で滅ぼした獣の王である。
群がる英雄たち、不屈にして不滅の勇士たちにより世界そのものを喰らうことはついぞかなわなかったが。
しかしながらこの場所に勇士はいない。
あるのは勇士一人分よりもはるかにもろい城壁に、その上に群がる羽虫。
自らよりも弱きものに使役される恥辱もさることながら。
ただそれを駆除するだけのことに【全力で戦え】と命令をされた屈辱は知らずのうちにフェンリルの疾走を加速させる。
それすらも、召喚した者の意図かもしれないが……しかしそんなことはもうどうでもよかった。
今、この獣の王を鎮める方法があるとすれば、それは間違いなく標的の塵殺のみ。
その爪により、牙により、雷により炎により。
自らの持ちうるすべての破壊をもって、獣の王は留飲を下げると決めた。
だが。
そう決定した瞬間、獣の王は自らの死を夢想する。
それは未来予知に近い直感。
もろく、矮小な存在から放たれたものが、自らの命を危険にさらす……そんな予感を感じたのだ。
思わず空を見上げると、そこには太陽に照らされてキラキラと輝く無数の弓矢。
その身に受けたとしても薄皮一枚を貫くのがやっとであろう無数の矢の雨。
力も、魔力も、技術もないただ放たれただけの弓矢……本来では恐れるに足らない無駄なあがき。
だが……獣の王の直感は、間違いなくこれが己の命を刈り取るものであると確信する。
理由も、原因もわからない。
だが触れれば敗北をする。
そんな確信に近い予感が、キングフェンリルに警鐘を鳴らす。
たかが矮小な羽虫の放った、悪あがきにも等しき一矢。
そのようなものが自らの命を脅かすことなど獣の王には到底考えつかないことではあったが。
フェンリルは直感のまま回避行動をとる。
獣であるが故、そして研ぎ澄まされた直感を持つが故に、獣の王にとっては下手な思考や思い込みなどよりも、直感が告げるのであるならばそれを真実として受け入れる。
そこに焦りも、油断も、慢心もない。
弓矢の数は多数であるが、それでもフェンリルの瞬発力をもってすれば矢が届くより早く射程距離を脱すること
はたやすい。
ゆえに王は、努めて冷静に迫る死を回避しようと大地を蹴る。
しかし。
「今です! イワンコフさん!」
「了解っす!!」
平原に転がる大岩……その一つがぐにゃりと動き、文字通りキングフェンリルの足もとをすくった
逃げることは難しく、抗うことなど不可能に近い人の手には負えない何か。
大地をめくりあげ、空から雷を降らせながら迫るそれがこの町に到来すれば、おそらく面影一つ残ることなく破壊され蹂躙されつくすのだろう。
一歩其れが大地を踏みしめれば地揺れが起こり。
一つ吠えれば雷が大地をたたく。
平原に転がる大きな岩も、その災厄の前では小石も同然であり、蹴り飛ばされ吹き飛んだ平原の岩が宙を舞い、城門の近くに鈍い音を響かせて落下する。
ただ蹴飛ばした石が……まるで大砲のよう。
アルムハーンの壁の上に立つ人々の顔を、恐怖と不安が青く染め上げるのは簡単で。
迫る狼に比べ、相対する人々のなんと小さく非力なことか。
津波や嵐に近い災厄に……弓で立ち向かおうとする人々はもはや、哀れを通り越して滑稽だろう。
「家で死を待つ方がよほど潔いというものだ」
そんな自嘲を一人の兵士が呟き、誰よりも早く弓を引く。
そう……弓を引いた。
それでも彼らは……抗うことに決めたのだ。
「構え! へっぴり腰のやつは、ケツに蹴り入れてやるから気合い入れな!」
そんな掛け声に、心配ご無用と言わんばかりに冒険者たちは構えをとる。
恐怖も不安も何もかもを飲み込んで、弓を引く。
自分の物語の続きを綴るために。
そうあれと、背中を押されたから。
自分たちを置いて先陣を切っていった者たちがいたから。
そして何より、未知に、不思議に、不可能に挑み切り開く。
それが冒険者だから。
「放てえええぇ!!」
指先から離れた弓矢は、その決意に呼応するかのように空へ飛ぶ。
太陽の光を背に暗雲へと向かうその弓矢は、かつて勇者の旅立ちを祝福した、恵の雨のようであった。
◇
悪逆到来に呼び出された獣の王は、その命令のままに目標を蹂躙すべくひた走る。
目前にそびえる建築物は矮小。
施された魔法は彼を阻むほどの神秘を内包せず、蹂躙し動くもの一切を塵殺するのに五分も要しない。
簡単、ゆえに腹立たしい───
そう心の中で獣の王は憤りを静かに燃やす。
キングフェンリル。世界を喰らい、主神をも食いちぎった怪物の王。
三千世界の英雄たちを幾人もその牙と爪で滅ぼした獣の王である。
群がる英雄たち、不屈にして不滅の勇士たちにより世界そのものを喰らうことはついぞかなわなかったが。
しかしながらこの場所に勇士はいない。
あるのは勇士一人分よりもはるかにもろい城壁に、その上に群がる羽虫。
自らよりも弱きものに使役される恥辱もさることながら。
ただそれを駆除するだけのことに【全力で戦え】と命令をされた屈辱は知らずのうちにフェンリルの疾走を加速させる。
それすらも、召喚した者の意図かもしれないが……しかしそんなことはもうどうでもよかった。
今、この獣の王を鎮める方法があるとすれば、それは間違いなく標的の塵殺のみ。
その爪により、牙により、雷により炎により。
自らの持ちうるすべての破壊をもって、獣の王は留飲を下げると決めた。
だが。
そう決定した瞬間、獣の王は自らの死を夢想する。
それは未来予知に近い直感。
もろく、矮小な存在から放たれたものが、自らの命を危険にさらす……そんな予感を感じたのだ。
思わず空を見上げると、そこには太陽に照らされてキラキラと輝く無数の弓矢。
その身に受けたとしても薄皮一枚を貫くのがやっとであろう無数の矢の雨。
力も、魔力も、技術もないただ放たれただけの弓矢……本来では恐れるに足らない無駄なあがき。
だが……獣の王の直感は、間違いなくこれが己の命を刈り取るものであると確信する。
理由も、原因もわからない。
だが触れれば敗北をする。
そんな確信に近い予感が、キングフェンリルに警鐘を鳴らす。
たかが矮小な羽虫の放った、悪あがきにも等しき一矢。
そのようなものが自らの命を脅かすことなど獣の王には到底考えつかないことではあったが。
フェンリルは直感のまま回避行動をとる。
獣であるが故、そして研ぎ澄まされた直感を持つが故に、獣の王にとっては下手な思考や思い込みなどよりも、直感が告げるのであるならばそれを真実として受け入れる。
そこに焦りも、油断も、慢心もない。
弓矢の数は多数であるが、それでもフェンリルの瞬発力をもってすれば矢が届くより早く射程距離を脱すること
はたやすい。
ゆえに王は、努めて冷静に迫る死を回避しようと大地を蹴る。
しかし。
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