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アッガスvs蜻蛉切
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「やりました! やりましたよイワンコフさん! アッガスさん!」
降り注ぐ弓矢。一つ一つが魔物にとっては猛毒となる弓矢を受け、キングフェンリルはその命を終えた。
全身に染み渡るのは高揚感か、それとも勝利したという歓喜の心か。
わからないが、全身をめぐる血潮が沸騰するかのように、私の心臓は早鐘をうち、体が火照る。
「く、臭いっす……鼻が曲がりそうっすよ」
「ありがとうございます、イワンコフさん」
キングフェンリルと同様に、背中に弓矢を受けたイワンコフさんであったが、当然のことながらその鋼鉄の背中
に弓矢が刺さることはなく、私たちをその背中で弓矢から守ってくれた。
こちらには傷一つ残っておらず、キングフェンリルを無傷で私たちは討伐をしたという事実が、さらに私たちの胸を高鳴らせる。
「や、やった! やったぞサクヤ君! 完全勝利だいやっほう!」
「局長ははしゃぎすぎです」
画面越しで見ているだけだというのに、局長はわがことのように叫び声をあげている。
向こう側で机が倒れたり書類が崩れたりする音がやかましい。
「おいおい、まだ安心するのは早えだろ。 あれだけのバケモンだ……死んだかどうかしっかり確認しねえと、痛
い目見るぞ」
アッガスさんは、立ち上がり朗らかに笑顔を見せるものの、努めて冷静にそうはしゃぐ局長をいさめる。
「は、そ、そうだったね……僕としたことが面目ない。こっちでも見る限りキングフェンリルは死んでいるように見えるが、何分魔力の塊のような化け物だ。残留魔力が多すぎて観測が難しい……死亡確認はそちらで目視で行ってほしい」
「本当、局長の作る機械っていつも変なところで役立たずですよね」
「し、仕方ないだろぅ!? 転生者ってのはそれだけ規格外なの! 体温計をマグマの中に突っ込んでるようなも
んなんだ、壊れないだけ優秀だと思ってほしいなあ!」
「やれやれ、夫婦喧嘩は犬も食わねえっと……イワンコフ、お前ちょっと見てこい」
「俺っすか!?」
「お前ならキングフェンリルが動き出しても無傷で済むだろうに」
「そ、そりゃそうっすけど! あれ臭いんすよ!」
「嬢ちゃんに何かがあって、ナイトにぼこぼこにされるのとどっちがいい?」
「行ってきますっす!」
バタバタと慌てるように走るイワンコフさんと、満足げにうなずくアッガスさん。
すっかりイワンコフさんの扱い方を覚えてしまったようだ。
キングフェンリルの死体に、イワンコフさんは噛みついたり、頭突きをかましたりと、割と乱暴な死亡確認方法
を行い、しばらくして確信を得たのか。
「大丈夫っすー!」
そういってこちらに向き直り。
【我が魂は、空に落ちる】
背後から、その胸を巨大な槍に貫かれた。
突然現れた光の槍…どこにあったのかは分からない。
どうやって作りだしたのかもわからない。
しかし、イワンコフさんを貫いた時に聞こえたセリフ……そしてその声は覚えている。
その声は紛れもなく、私たちを襲撃した槍使いの声であった。
「やれやれ、さすがにメタルドラゴンと一騎打ちは分が悪い故……不意打ちをさせてもらった。悪く思うな」
崩れ落ちるイワンコフさん。その向こう側から、男ががこちらに向かって歩いてくる。
「おいおい……聞いてないぜ」
アッガスさんはいつものように大剣を構える。
しかしその手は震えていた。
今まで、転生者を前にしても決して臆することのなかったその大きな腕が、小刻みに震え、大きいはずの体はと
ても小さく見えた。
「蜻蛉切! ま、まずいぞサクヤ君! 今の君たちの戦力じゃ、とてもじゃないが太刀打ちできそうにない、あの
お頭って呼ばれてた転生者とほとんど変わらない、いやそれ以上の魔力だ!」
「それだけじゃあない。あの身のこなしあのガキとは違う。あいつは間違いなく、本物だ」
震える腕をもう片方の手で押さえながら。
アッガスさんは絞り出すような声を漏らす。
戦いに身を置いてきたものだからこそわかるのか……そこには私たちには知ることのできない何か明確な違い
が存在しているようであり。
「ほぅ、よかった。 ソニックムーブのような【ごっこ遊び】と同じ扱いをされてはたまらないと思っていた
が……話が分かるもので助かったよ」
槍使いはにんまりと満足そうに笑い、アッガスさんに言葉をかける。
相も変わらず、言葉だけで押しつぶされてしまいそうなほどの魔力量。
それに私は一歩後ずさる。
だが、アッガスさんは一歩前進をし。
「確認をするが、お前を倒さなきゃ町を守り切ったとは言わねえんだよな?」
そう言葉をかける。
「あぁ……だがお前たちには降伏も許容されている。キングフェンリルの打倒は見事の一言であるが……あくまでこやつは倒されるために設計をされた怪物だ。我々とは違う。 言いたいことは、わかるよな?」
射貫くような碧色の瞳は一本の槍のようであり、私の足はそれだけで動かなくなる。
「安全は保障するってか?」
「無論だ。もとより師匠はお前たちの保護が目的だ。抵抗をやめれば攻撃をする理由もない。
来る国崩しの時、お前たちが打倒したこの獣と私たちがお前たちを守る盾となろう」
「その言葉、どれだけ信用できる?」
アッガスさんは左手をかざし、言葉をなぞる様に空を指で切る。
「偽りあればこの心臓をささげよう」
凛とした返答は偽りもためらうこともない一言であり、大きく息を吐いたアッガスさんの反応から、今の言葉が嘘偽りのない真実であることが伺える。
「俺たちを守ってくれるってのか? 転生者から、勇者から?」
「あぁ、そしてお前たちは師匠の下で繁栄をする。技術も何もかもが格段に飛躍するととになる」
「まるで、神様みたいですね」
「それが師匠の覚悟だ……そして、同時に先代勇者が成し遂げられなかった悲願である。彼女はその意思を継ごう
としているだけだ。ここが勇者誕生の地であるならば、彼女をたたえるべきだ。弱きものよ、我らが庇護のもと永遠の繁栄をもたらさん。降伏し、この手を受け入れるがいい」
手を伸ばす転生者。
逆らえば皆殺し、いやそうでなかったとしても私たちの命はない。
だが、降伏をすればこの国も……何もかもを守ってくれる。
先代勇者のように。
だが。
「悪いがお断りだよ」
その言葉を否定したのは、アッガスさんでも私でもない。
局長であった。
「局長……?」
「僕が言うのは筋違いかもしれない。 だけど、この国全部を支配して守るというならば僕にだって意見の一つぐ
らい言う権利はあるはずだ」
「ふん、遠見の魔術でこちらをうかがうものが、随分と吠えるじゃないか」
「なんとでもいうといいさ、実際にその通りだからね! 僕は臆病者だし、できれば家の中でゴロゴロしていたい
人間さ。誰かが何もかも面倒を見てくれるなら、それこそ素晴らしい世界だって思ってる」
「ならばなぜ断る?」
「決まってるさ、この世界が僕たちの物であって、君たちの物じゃないからさ」
「……」
局長の言葉に、転生者は眉を顰める。
「確かに僕たちは一度君たち転生者を頼ったさ。自分の力でどうしようもないものを、異世界の人間である君たちに未来をゆだねた……それがそのツケであるというならば受け入れよう。だけどね、それでも君たちに取られるわけにはいかないんだよ」
「……」
「確かに君たちがもたらす技術は進んでいるのかもしれない。言うとおりにすればきっと話した通り永遠の繁栄だって夢じゃないかもしれないし、君たちに世界を任せれば、醜い戦争も、過ちの数も限りなくゼロに近づけられるのかもしれない……でもね、それは不自然なんだ」
「不自然……か」
納得をするように、蜻蛉切は眼を細めて槍を構える。
「そう、不自然さ。 それは僕たちのこの世界がたどる歴史を。あるはずの未来を、君たちの手で摘み取られてし
まうことに他ならない。 僕たちが呼び出した~異邦人~が、世界に牙をむくならばそれは【僕たち】が犯した過
ちであり、【僕たち】の歴史さ。滅ぼされてしまったとしてもそれは自然な結末だ。譲り渡して繁栄をしても、そ
れは家畜と変らない、自分たちから殺してしまったのと変らなくなってしまう。だから僕たちの未来が辛い道のり
なのだとしても……非効率的で、見るに堪えないほど泥臭いものだったのだとしても、どんなに絶望的なものだっ
たとしても!自ら歴史を閉じる行為だけはしない! 頼まれたって、お前たちに譲ってなんてやるもんか!」
力いっぱいの虚勢に、私は胸が熱くなる。
本当に、こういうときだけかっこいいのだから局長はずるい。
「ふん、まるで人類代表みたいな言い方しやがって……戦うのは俺たちだってのに」
アッガスさんはあきれるようにため息を漏らし、やれやれと首を左右に振る。
「あ、えと」
「本当ですよ……そもそも、そんな風に考えてるの局長だけだったらどうするんですか? いろんな考え方の人がいるんですよ? というか私たちの考えさえも効かずに啖呵切りましたよね」
「あ、あわわわわ……え、えと。転生者君! 僕はこうはいったけどあくまでこれは僕の意見であって、実際のと
ころ目の前にいる二人はどう考えているかは各々に聞いてみないとわからないわけで、槍を構えるのはもう少し待
ってほしいところでありまして……えーと、あーと……」
慌てふためいて、すでに槍を構えて臨戦態勢をとっている転生者に謎の説得を始める局長。ちょっとはかっこいいところを見せてくれたというのに、すべてが台無しだ。
アッガスさんと私は顔を見合わせて同時に肩をすくめる。
おかげで、おそれも恐怖もどこかに吹き飛んでしまった。
「弁明しなくていいですよ別に……偶然にも、本当に本当にたまたまですけど、私も同じ意見ですので」
「あぁ、俺も同じくだ」
私は騎士団の剣を抜き、アッガスさんは大剣を構える。
「解せぬな。それが破滅とわかっていて、なぜ抗うのか」
「平坦な道を歩いてるやつを【冒険者】とは言わねえだろ?」
「なるほどこれは一本取られたな……そして同時に、耳が痛いよ」
その言葉を皮切りに、交渉は決裂。
私たちは自分たちの物語を歩むことになる。困難と苦難へと乗り出す【冒険】の物語。
「 そうか、ならばその覚悟に口をはさむのは無粋というものよ」
その覚悟を認めるように、蜻蛉切は槍を赤色に光らせる。
赤々と真っ赤に光るその槍は、まるで空を揺蕩うアキアカネ。
「……蜻蛉切・光房……参る」
名乗りを上げた転生者、蜻蛉切……。
アッガスさんはその言葉に一度瞳を閉じた。
ざわりと、風もないのに草木が揺れ、蜻蛉切の表情が険しくなる。
そして。
「アッガス・ガースフィールド、押通る!」
眼を見開き名乗りを上げた刹那、アッガスさんの姿が目の前から消える。
否……その言葉の通り、自らの道を阻む壁を壊し、その先へと進むために。
「ぜああああああああああああああああぁ!」
割れんばかりの怒声を放ちながら、飛び掛かる様に大剣を振り下ろすアッガスさん。
「早いな、だがこの程度……むぅ!?」
その一撃を、蜻蛉切は正面から受け止めた。
「小癪な……」
いや、受け止めさせられた。
降り注ぐ弓矢。一つ一つが魔物にとっては猛毒となる弓矢を受け、キングフェンリルはその命を終えた。
全身に染み渡るのは高揚感か、それとも勝利したという歓喜の心か。
わからないが、全身をめぐる血潮が沸騰するかのように、私の心臓は早鐘をうち、体が火照る。
「く、臭いっす……鼻が曲がりそうっすよ」
「ありがとうございます、イワンコフさん」
キングフェンリルと同様に、背中に弓矢を受けたイワンコフさんであったが、当然のことながらその鋼鉄の背中
に弓矢が刺さることはなく、私たちをその背中で弓矢から守ってくれた。
こちらには傷一つ残っておらず、キングフェンリルを無傷で私たちは討伐をしたという事実が、さらに私たちの胸を高鳴らせる。
「や、やった! やったぞサクヤ君! 完全勝利だいやっほう!」
「局長ははしゃぎすぎです」
画面越しで見ているだけだというのに、局長はわがことのように叫び声をあげている。
向こう側で机が倒れたり書類が崩れたりする音がやかましい。
「おいおい、まだ安心するのは早えだろ。 あれだけのバケモンだ……死んだかどうかしっかり確認しねえと、痛
い目見るぞ」
アッガスさんは、立ち上がり朗らかに笑顔を見せるものの、努めて冷静にそうはしゃぐ局長をいさめる。
「は、そ、そうだったね……僕としたことが面目ない。こっちでも見る限りキングフェンリルは死んでいるように見えるが、何分魔力の塊のような化け物だ。残留魔力が多すぎて観測が難しい……死亡確認はそちらで目視で行ってほしい」
「本当、局長の作る機械っていつも変なところで役立たずですよね」
「し、仕方ないだろぅ!? 転生者ってのはそれだけ規格外なの! 体温計をマグマの中に突っ込んでるようなも
んなんだ、壊れないだけ優秀だと思ってほしいなあ!」
「やれやれ、夫婦喧嘩は犬も食わねえっと……イワンコフ、お前ちょっと見てこい」
「俺っすか!?」
「お前ならキングフェンリルが動き出しても無傷で済むだろうに」
「そ、そりゃそうっすけど! あれ臭いんすよ!」
「嬢ちゃんに何かがあって、ナイトにぼこぼこにされるのとどっちがいい?」
「行ってきますっす!」
バタバタと慌てるように走るイワンコフさんと、満足げにうなずくアッガスさん。
すっかりイワンコフさんの扱い方を覚えてしまったようだ。
キングフェンリルの死体に、イワンコフさんは噛みついたり、頭突きをかましたりと、割と乱暴な死亡確認方法
を行い、しばらくして確信を得たのか。
「大丈夫っすー!」
そういってこちらに向き直り。
【我が魂は、空に落ちる】
背後から、その胸を巨大な槍に貫かれた。
突然現れた光の槍…どこにあったのかは分からない。
どうやって作りだしたのかもわからない。
しかし、イワンコフさんを貫いた時に聞こえたセリフ……そしてその声は覚えている。
その声は紛れもなく、私たちを襲撃した槍使いの声であった。
「やれやれ、さすがにメタルドラゴンと一騎打ちは分が悪い故……不意打ちをさせてもらった。悪く思うな」
崩れ落ちるイワンコフさん。その向こう側から、男ががこちらに向かって歩いてくる。
「おいおい……聞いてないぜ」
アッガスさんはいつものように大剣を構える。
しかしその手は震えていた。
今まで、転生者を前にしても決して臆することのなかったその大きな腕が、小刻みに震え、大きいはずの体はと
ても小さく見えた。
「蜻蛉切! ま、まずいぞサクヤ君! 今の君たちの戦力じゃ、とてもじゃないが太刀打ちできそうにない、あの
お頭って呼ばれてた転生者とほとんど変わらない、いやそれ以上の魔力だ!」
「それだけじゃあない。あの身のこなしあのガキとは違う。あいつは間違いなく、本物だ」
震える腕をもう片方の手で押さえながら。
アッガスさんは絞り出すような声を漏らす。
戦いに身を置いてきたものだからこそわかるのか……そこには私たちには知ることのできない何か明確な違い
が存在しているようであり。
「ほぅ、よかった。 ソニックムーブのような【ごっこ遊び】と同じ扱いをされてはたまらないと思っていた
が……話が分かるもので助かったよ」
槍使いはにんまりと満足そうに笑い、アッガスさんに言葉をかける。
相も変わらず、言葉だけで押しつぶされてしまいそうなほどの魔力量。
それに私は一歩後ずさる。
だが、アッガスさんは一歩前進をし。
「確認をするが、お前を倒さなきゃ町を守り切ったとは言わねえんだよな?」
そう言葉をかける。
「あぁ……だがお前たちには降伏も許容されている。キングフェンリルの打倒は見事の一言であるが……あくまでこやつは倒されるために設計をされた怪物だ。我々とは違う。 言いたいことは、わかるよな?」
射貫くような碧色の瞳は一本の槍のようであり、私の足はそれだけで動かなくなる。
「安全は保障するってか?」
「無論だ。もとより師匠はお前たちの保護が目的だ。抵抗をやめれば攻撃をする理由もない。
来る国崩しの時、お前たちが打倒したこの獣と私たちがお前たちを守る盾となろう」
「その言葉、どれだけ信用できる?」
アッガスさんは左手をかざし、言葉をなぞる様に空を指で切る。
「偽りあればこの心臓をささげよう」
凛とした返答は偽りもためらうこともない一言であり、大きく息を吐いたアッガスさんの反応から、今の言葉が嘘偽りのない真実であることが伺える。
「俺たちを守ってくれるってのか? 転生者から、勇者から?」
「あぁ、そしてお前たちは師匠の下で繁栄をする。技術も何もかもが格段に飛躍するととになる」
「まるで、神様みたいですね」
「それが師匠の覚悟だ……そして、同時に先代勇者が成し遂げられなかった悲願である。彼女はその意思を継ごう
としているだけだ。ここが勇者誕生の地であるならば、彼女をたたえるべきだ。弱きものよ、我らが庇護のもと永遠の繁栄をもたらさん。降伏し、この手を受け入れるがいい」
手を伸ばす転生者。
逆らえば皆殺し、いやそうでなかったとしても私たちの命はない。
だが、降伏をすればこの国も……何もかもを守ってくれる。
先代勇者のように。
だが。
「悪いがお断りだよ」
その言葉を否定したのは、アッガスさんでも私でもない。
局長であった。
「局長……?」
「僕が言うのは筋違いかもしれない。 だけど、この国全部を支配して守るというならば僕にだって意見の一つぐ
らい言う権利はあるはずだ」
「ふん、遠見の魔術でこちらをうかがうものが、随分と吠えるじゃないか」
「なんとでもいうといいさ、実際にその通りだからね! 僕は臆病者だし、できれば家の中でゴロゴロしていたい
人間さ。誰かが何もかも面倒を見てくれるなら、それこそ素晴らしい世界だって思ってる」
「ならばなぜ断る?」
「決まってるさ、この世界が僕たちの物であって、君たちの物じゃないからさ」
「……」
局長の言葉に、転生者は眉を顰める。
「確かに僕たちは一度君たち転生者を頼ったさ。自分の力でどうしようもないものを、異世界の人間である君たちに未来をゆだねた……それがそのツケであるというならば受け入れよう。だけどね、それでも君たちに取られるわけにはいかないんだよ」
「……」
「確かに君たちがもたらす技術は進んでいるのかもしれない。言うとおりにすればきっと話した通り永遠の繁栄だって夢じゃないかもしれないし、君たちに世界を任せれば、醜い戦争も、過ちの数も限りなくゼロに近づけられるのかもしれない……でもね、それは不自然なんだ」
「不自然……か」
納得をするように、蜻蛉切は眼を細めて槍を構える。
「そう、不自然さ。 それは僕たちのこの世界がたどる歴史を。あるはずの未来を、君たちの手で摘み取られてし
まうことに他ならない。 僕たちが呼び出した~異邦人~が、世界に牙をむくならばそれは【僕たち】が犯した過
ちであり、【僕たち】の歴史さ。滅ぼされてしまったとしてもそれは自然な結末だ。譲り渡して繁栄をしても、そ
れは家畜と変らない、自分たちから殺してしまったのと変らなくなってしまう。だから僕たちの未来が辛い道のり
なのだとしても……非効率的で、見るに堪えないほど泥臭いものだったのだとしても、どんなに絶望的なものだっ
たとしても!自ら歴史を閉じる行為だけはしない! 頼まれたって、お前たちに譲ってなんてやるもんか!」
力いっぱいの虚勢に、私は胸が熱くなる。
本当に、こういうときだけかっこいいのだから局長はずるい。
「ふん、まるで人類代表みたいな言い方しやがって……戦うのは俺たちだってのに」
アッガスさんはあきれるようにため息を漏らし、やれやれと首を左右に振る。
「あ、えと」
「本当ですよ……そもそも、そんな風に考えてるの局長だけだったらどうするんですか? いろんな考え方の人がいるんですよ? というか私たちの考えさえも効かずに啖呵切りましたよね」
「あ、あわわわわ……え、えと。転生者君! 僕はこうはいったけどあくまでこれは僕の意見であって、実際のと
ころ目の前にいる二人はどう考えているかは各々に聞いてみないとわからないわけで、槍を構えるのはもう少し待
ってほしいところでありまして……えーと、あーと……」
慌てふためいて、すでに槍を構えて臨戦態勢をとっている転生者に謎の説得を始める局長。ちょっとはかっこいいところを見せてくれたというのに、すべてが台無しだ。
アッガスさんと私は顔を見合わせて同時に肩をすくめる。
おかげで、おそれも恐怖もどこかに吹き飛んでしまった。
「弁明しなくていいですよ別に……偶然にも、本当に本当にたまたまですけど、私も同じ意見ですので」
「あぁ、俺も同じくだ」
私は騎士団の剣を抜き、アッガスさんは大剣を構える。
「解せぬな。それが破滅とわかっていて、なぜ抗うのか」
「平坦な道を歩いてるやつを【冒険者】とは言わねえだろ?」
「なるほどこれは一本取られたな……そして同時に、耳が痛いよ」
その言葉を皮切りに、交渉は決裂。
私たちは自分たちの物語を歩むことになる。困難と苦難へと乗り出す【冒険】の物語。
「 そうか、ならばその覚悟に口をはさむのは無粋というものよ」
その覚悟を認めるように、蜻蛉切は槍を赤色に光らせる。
赤々と真っ赤に光るその槍は、まるで空を揺蕩うアキアカネ。
「……蜻蛉切・光房……参る」
名乗りを上げた転生者、蜻蛉切……。
アッガスさんはその言葉に一度瞳を閉じた。
ざわりと、風もないのに草木が揺れ、蜻蛉切の表情が険しくなる。
そして。
「アッガス・ガースフィールド、押通る!」
眼を見開き名乗りを上げた刹那、アッガスさんの姿が目の前から消える。
否……その言葉の通り、自らの道を阻む壁を壊し、その先へと進むために。
「ぜああああああああああああああああぁ!」
割れんばかりの怒声を放ちながら、飛び掛かる様に大剣を振り下ろすアッガスさん。
「早いな、だがこの程度……むぅ!?」
その一撃を、蜻蛉切は正面から受け止めた。
「小癪な……」
いや、受け止めさせられた。
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