新人魔導士と過保護な先輩

トキどき

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35.獣舎にて

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 ノエルから了承の返事をもらってからというもの、リントは上機嫌だった。
 仕事をしていても、来週の事を考えると自然と顔が綻んでしまう。

「また明日お願いね」

 優しくペガサスを撫でながら、リントはご褒美の林檎を掌に乗せた。
 ペガサスもヒポグリフも雑食である。
 本来は肉も食べるが、ここでは与えていない。
 肉の味を覚えてしまうと、人間を襲う可能性が増すからだ。

 知能が高かろうと、調教していようと、元は魔獣だ。
 それだけは忘れないようにと、授業で初めてペガサスに乗った時に言われたことを、リントは思い返していた。

「調子良さそうだね」

 向こうからユールがペガサスを引いてやってくる。
『お疲れ様です』とリントはその場から声をかけた。

 ユールの言う『調子』の相手はリントではなく、ペガサスである。
 先日、リントが自分用のおやつに持ってきていた葡萄に興味がありそうだったので、一粒あげたら、いたくお気に召して全て平らげてしまった。

 全てと言っても、一房の半分もない。
 ペガサスの体格なら問題ないだろうと思っていたのだが、初めて食べたせいか、ちょっとばかりお腹の調子が悪くなってしまったのだ。
 1日寝たら治ったので、大したことはなかったのだが、可哀想なことをしてしまった。

「今度は何の果物?」
「余計なものはあげてませんよ」

 リントの手元を覗き込むユールに、持っていた林檎を見せる。
 隊で用意している餌から分けてもらったものだ。
 あれ以来、隊の支給品以外はあげないようにしている。
『冗談だよ』と、ユールは笑った。

 この後リントは内勤だが、ユールは昼休みの後また出ていかなければいけない。
 ユールはリントの先の『壁』を担当しているが、最近は2人分の業務をこなしていた。

 別の地区の年配の担当者が調子が悪いらしく、1人そちらへまわしたのだそうだ。
 その分、ユールが掛け持ちをしている。

 魔力保持者は年々減少傾向にある。
 上では、『壁』の存続自体議論にあがることもあるらしい。
 通常の壁でも防壁の機能はあるし、空と同じく陸も軍部に任せればいいとか、新しく魔獣撃退の武器を作ればいいとか周りから色々つつかれているそうだ。

 結界は魔獣を入れなくするだけなので、お互いに傷ついたりしない。
 ただの防壁では壁を壊されたら修理が必要だし、討伐が増えれば、隊員達の怪我も増えるだろう。

 討伐される魔獣達の数も確実に増える。
 普通に考えれば、何が最善かわかりそうなものだが、利権が絡む場においては、そういう実害はどうでもいいようだ。

 ただ、今すぐどうこうという話は無いにしても、将来的な事についてはユールも危惧しているようだった。
 回復薬だけでなく、通常の医薬品にも魔力を活用できないか研究しているという話を、以前家まで送ってもらった際に語っていた。

 普段は飄々としていて、真面目に取り組む姿は人に見せないユールだったので、酔いに任せて熱心に話す姿はとても新鮮で、彼の本質を垣間見た気がした。

 ちなみに、業務については自分も手伝うと言ったのだが、『新人は勉強優先!』と一蹴されてしまった。
 食い下がって、なんとか書類仕事だけ手伝うことになったのだが、自分が扱えるものなどたかが知れているので、大した役には立っていないだろう。

 それでもユールは、何か手伝うと必ず『ありがとう』と言ってくれる。
 その優しさに早く報えるようになりたい。
 気持ちは急くが、地道に積み重ねていくしかない事もリントは理解していた。

「すっかり懐いたみたいだね」
「元々人見知りしない子だったので、助かってます」

 リントの手から餌を食べる姿を見て、ユールが微笑んだ。

 魔導士の仕事ではないが、ペガサスに乗った後、体を拭いてブラッシングをかける作業はさせてもらっている。
 ほとんど毎日一緒にいるのだ。
 さすがに獣舎を掃除する時間まではないが、少しでも触れ合う時間を取って、信頼関係を築いておきたかった。
 もちろん、隊長にも許可は取ってある。

 元々ユールもしていたことなので、特に問題もなく了承してもらえた。
 その際、ヒポグリフの練習予定の話になり、次の休み明けから始めることが決まっている。
 練習の事を考えると、リントは今から楽しみで仕方がなかった。
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