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乙女ゲームのシナリオ

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 ルルリナは 小さな村の村娘だった。 畑仕事や家事の手伝いをして、 たまに同世代の子供達と遊ぶ日々。 慎ましくも穏やかな生活が続いていた。 彼女はあの頃が一番幸せだったのかもしれない。

 ある日のこと。
 魔法ギルドから 使いの者がやってきた。 村の子どもたちの魔力を測定し、 ある一定の魔力を保持してことが わかった者は 魔法学校に入学することになる。戦闘面、 技術面においても ある一定の魔力保持者というのは貴重で、 国家ぐるみで保護という名の囲い込みを行っているのだ。
 魔力は普通、平民より貴族の方が高い。 たいていの平民は生活魔法がやっとのレベルである。 ましてや名もなき村とあれば、 大した成果は上げられないだろう。 使える者が一人くらい見つかればいい。
 今回はレベルの高いものが3人見つかった。 村では珍しいレベルだけれど、 別段驚くことではない。
 
  運が良かった。 今回は褒美をもらえるぞ。

 その程度のことのはずだった。

「 なんだ、この魔力量は!?」
「 簡易の測定器では測定しきれません!!」

 中級魔術師の魔力でも測定するくらいの精度はあったはず。 それがどうだろう。 一人の村娘が、超級魔術師に匹敵する魔力を保持している可能性があるのだ。

「 お嬢さんの名前は何という?」
「ルルリナです」

 これがヒロインのルルリナの名が知れ渡る最初の1ページだった。



 ルルリナは 村娘の割には白い肌をしていて、 その辺の貴族令嬢に負けないほどの 可愛らしさだった。 将来は誰もが振り返るほどの 美しい娘に成長することだろう。
 容姿もさることながら、ルルリナは 聡明で、 魔法のほとんどをあっという間に覚えてしまった。 礼儀作法もなんのその。 あらゆる学問の知識を吸収していった。
 
 天才。

 しかし、 その言葉だけで片付けられない。 努力なくしては 才能を発揮することはできないのだから。
 
 村から 一緒に来た男の子は、貴族に負けないほどの魔力を 持っていた。 最初は魔力のコントロールがうまくいかなかったルルリナと 違って、 彼は初めから魔法がうまく使えていた。 だから、有頂天になってしまっていたのだろう。 彼は魔法の練習をしなくなった。
 男の子は気づいた時には 落ちこぼれていて、 魔法学校から追い出されてしまった。 その後、彼の行方を知るものは誰もいない。 スラムの住人になったのか、 あるいは 盗賊の仲間入りをしたのか。 あっさりと野垂れ死んでしまったという可能性もある。
 
 甘えが許される 貴族の子息令嬢ではないのだ。 死に物狂いで成果を出さなければならない。
 ルルリナは、 ほとんどの時間を勉強に費やした。 その努力が実り、学園一の成績を誇ることになる。
 ルルリナはオージュ 伯爵の目に留まり、 彼の養子となることになった。 今までのように見捨てられる心配はない。 成績は十分にキープできる。 少しの贅沢なら許されることだろう。
 ところが、今まで以上に自由がなくなってしまった。ルルリナは王妃候補に 選ばれ、王妃 教育を受けることに なってしまう。
 オージュ 伯爵は、自分の出世のためにルルリナを 引き取ったに過ぎなかった。 愛情など 存在しない。 身体目的で弄ばれるという可能性もあったのだから、 それに比べたらマシだと言える。
 ルルリナは ノルマとして、王妃 教育をこなしていった。

 
 
 ルルリナは 王宮のお茶会に参加することになった。 第2王子の クリシュマルドと王妃候補達で 顔合わせをすることになったのである。
 他の子令嬢たちは、 黄色い声で色めき立っている。 クリシュマルドへのアピールに余念がない。
 ルルリナは 戸惑いを隠せなかった。 勉強ばかりに集中しすぎた弊害で、 彼女は村の生活以来同世代の 人たちと 全く関わってこなかった。 これでは会話に参加することができない。 仕方がないのでクッキーを頬張る。

「あっ、 これおいしい」

 他のご令嬢たちは忙しそうで、クッキーには全く目もくれない。
 こんなに美味しいのに。
 どうせこちらを 注目する 人はいないだろう。ルルリナは またひとつクッキーに手を伸ばした。

「 幸せー」

 ルルリナは 満面の笑みで食べ続ける。
 貴族令嬢になれたとはいえ、 やはり家の中でも遠慮があった。 けれど今は、 他にクッキーを 狙っている者はいない。 誰か口にしたかなんていちいち把握しないことだろう。 甘いものに目がないルルリナは、 安心して食べ続けた。

「 リスみたいだね」

 クリシュマルドと目が合い、笑われてしまう。ルルリナは 油断して、口いっぱいにクッキーを頬ばっていた。

「ずびば・・・・・・げほげほっ!」

 ルルリナは とっさに謝ろうとして、 クッキーが喉に詰まってしまい 咳き込んだ。 クリシュマルドはくすくすと笑う。

「 君はとってもかわいいね」
「 どこがですか!」

 醜態を晒してしまったルルリナは、 からかわれているとしか思えなかった。 クリシュマルドは笑顔のままルルリナの 耳元に近づいて囁く。

「 僕に 照れてくれている姿がとってもかわいい」
「なっ・・・・・・!?」

 今まで人付き合いを してこなかったルルリナの 目の前に、 見目麗しい王子様の クリシュマルドが 迫っている。 意識せずにいられるはずがなかった。

 これがヒロインルルリナの初恋の始まり。

 今まで心を閉ざしていたルルリナが、 素敵な王子様の クリシュマルドに 絆されて、 恋におちていくラブストーリー。 それが乙女ゲームの内容だったーー。


 
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