散華へのモラトリアム

一華

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第三章

華は猫に愛でられる 5

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「えっ。どうして??残念すぎるんだけど」
「どうしてって。私と風人さんはあくまで、名目上の関係なんです。風人さんだって私のこと好きじゃないと思います」 
普段の風人の態度を考えると、好かれてるとはとても思えない。それに、揶揄からかう内容が少しばかり性質たちが悪い。先日の華屋本社での会話を思い出すと、ほんの少し顔が熱を持った。

ふうん、と弥生は楽しそうに笑う。
「可愛い子のことは、みんな大好きだと思うけどなあ。そういう瑞華ちゃんは?風人くんのこと、どう?」
「どうって…ちょっと苦手です」
「嫌いじゃなくて、苦手?」
ニヤニヤする弥生に、ハッとした。
この質問はどこか誘導尋問めいている。
瑞華は我に返って、澄ました顔を作った。
「これからご結婚が控えてる方の弟さんになられる方ですから、それ以上言いようがございません」
「あら、そ」
ふふん、と弥生が笑って流すのを、瑞華は背中で汗を感じつつ見守る。
油断できない女性だ。疚しいことはなくても、気をつけようと心に決めた。

これからの予定を立てるためにの話に流れを変えようと瑞華が話題を考えていると弥生は資料の一部を手に取った。 

「あは。言語まで習い事候補に入ってるんだ」  
「あ、それは重要性は低いんですが。九条グループは海外専売モデルの車も出しているので、販売先の国の言葉も勉強しておくと後々良いかと思って」 

弥生は、ふうん、と答えて、くすりと笑う。 

「フランス語、やろうかな」 
「フランス語ですか?」 
「日常会話くらいなら大体分かるんだけど、たまに囁かれる内容が半分しか分からないのよねー」 
「囁かれる?」
「月人さんはね、フランス語に感情が込めやすいのか、たまに愛の囁きはフランス語なの」
「...」
「ちょっと変わってるでしょう?」
クスクス笑う弥生を見ていると、確かにそれは愛情を感じる幸せな表情だった。

なんだか羨ましくて、少しばかり眩しく感じる。
「じゃあ瑞華ちゃん、改めて、これからよろしくね」 
瑞華の気持ちには気づく筈もない弥生に握手を求められ、返してから。
可愛いコの手を握っちゃった、と本気で嬉しそうに笑う弥生に、ふと聞きたくなって尋ねた。 
「あの、弥生さんは九条月人さんと結婚することに対してどう思われてますか?」 

これは、純粋な好奇心。 
沢山の憧れを集める、九条家の次期様との結婚。 

プレッシャーなのか 
夢心地なのか。 
弥生は一度笑ってから、さらりと答えた。 
「私以外にあの王様の相手は務まらないんじゃないかしら。そう思えたから結婚するの」

そして悪戯っぽく瑞華の目を見て、フフンと鼻で笑って付け足した。 

「つまり、誰よりも愛してるの。だから瑞華ちゃんにも、ちゃんと恋愛して結婚してほしいわ」 

照れも何もなく。 
さも当然のように・・・ 
なんというか。 
頼もしくも、やはり、九条月人の婚約者である夕凪弥生という人は、瑞華の想像範囲を超える人だった。 
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