散華へのモラトリアム

一華

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第五章

空に咲く華 3

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「花火大会の会場は混むから、電車でお互い会場近くの駅まで待ち合わせしよう」
後々、約束の確認に九条風人から電話を受け、そう持ちかけられた時には、瑞華の頭の中は混乱、という言葉では足りないくらいの状態だった。
本気デート、ってちゃんと言われました?
思わずそう聞いてしまいそうになり、辞める。

提案には一も二もなく承諾した。

もし迎えに来て頂いても、会場に着くまでの間が持たないからだ。
普段でもどうすれば良いか分からないのに、『本気デート』なんて言われては、緊張してしまい、どうすれば一度意識してしまった九条風人の隣で、会場に着くまで過ごせるのか想像もできない。



花火大会の為に、取り出したのは薄紫の生地に水仙をあしらった浴衣。 
幾つか持っている浴衣から、お気に入りで、少しは大人びて見えるものにした。 

髪は、迷ってアップに。 一本挿しの簪は星空をイメージするようにキラキラとした飾りが線を持ってぶら下がっている。

ふと、なんでこんな風に一生懸命になるのか我ながらに不思議だが
気にしたら、もう準備が出来ない気がした。 
化粧に専念する。 
もともと、あまりする方ではないし、着物にアンバランスにならないように控えめだが、普段はあまり使わないグロスを唇に塗った。 

その艶に、ドキドキとしてしまう。
人の為に装う。それを自分自身が望んでいるということ。
こんなにも意識したことはない。
下駄には鈴が仕込まれていて、歩くたびに音がなり、まるではしゃいでいるようだ。


「九条風人さんと花火に行ってきます」 
そう告げると瑞華の母は嬉しそうに笑った。 
「あらあら素敵ね。浴衣姿も可愛らしい」
瑞華の浴衣姿をじっくりと目で楽しむようにして、にこにことしている。
それから瑞華の手を取り、柔らかく包んだ。
「花火大会は混むだろうから、帰りが日を跨ぐようなら連絡ちょうだいね」 

いや、それは流石にないだろう。日を跨ぐなんて。 
瑞華は心の中でつぶやいて、だが相手の笑顔に飲まれて言葉をなくす。
母の言葉の正しい意味に、瑞華は気づかない。
遅くなる可能性もあるし、そのくらい許容されていれば、あとが楽かなと、微笑んで頷いた。
花宮の運転手に、車で家近くの駅まで乗せて貰った。


かくして乗りなれてはいない電車に乗り。
だが、あまりの緊張のためにその一人の時間さえ有り難かった。 
本気デートという言葉の意味が強すぎる。
ならば本気、の字を取るかと考えるが、結局残った言葉にも、鼓動が高まってしまった。
デート、など。思えば、生まれて初めてだ。こんなに緊張するイベントを世間では一般的に行われているなんて。
 心臓が動きすぎてて、いつか逆に止まるんじゃないか、と錯覚してしまう。いっそ、このまま電車も止まってしまえばいい。それでも充分、楽しい気持ちは味わえたのではないか、そう考えてから。
あぁ、と頭を抱えた。
楽しい、と思っている。
そのことに今更に気づいてしまった。
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