散華へのモラトリアム

一華

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第五章

空に咲く華 4

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そんなことを思う間に無情にも駅に到着。
心境のため、全く気にならなかった人混みを進みながら、改札まで進むとキョロキョロと視線をさ迷わせた。

もう、来ているだろうか。

そうして、少し歩くと、ふと、遠目でも長身でスタイルの良い男性が目に止まった。 
残念なくらいにすぐに分かった。 
そういえば、大学でもいつもすぐに見つけてしまう九条風人の姿は、この花火大会の為の人混みの中でも、変わらず瑞華の目を引き寄せるらしい。

お祭り、だからだろうか? 
普段よりも更にカジュアルなシャツにジーンズ。スクリーン・グラスで、いつもの目立つ容貌こそ隠れているが、それでもなんとなく華がある。 
その姿を確認すれば、跳ね上がるような鼓動を感じて、そんな自分に動揺した。

やっぱり、無理!

勢いで、くるりと踵を返した。 
帰るわけにはいかないのは分かっているが、一歩踏み出す勇気がでない。どうしたものかと、時間を気にしつつ駅の改札前を一巡していると。 


「一人?」 

顔を上げると、 
二人組の男性に声を掛けられていた・・・ 


お祭りの日に浴衣姿で一人もないだろうが、それでも様子から、待ちぼうけでも喰らったように見えたのだろうか。 

まさに前門の虎後門の狼。 
そんな冗談みたいな言葉が浮かぶが。 
どちらがいいか、迷う程には愚かではない。 
「あ、あの。待ち合わせがあるので」 
再度くるりと振り返った。勢いに任せて、しゃらしゃらと鈴を鳴らしながら、とうとう瑞華は風人の側に立った。 

「お、お待たせしました」 

待たせてしまったのは事実。顔を伏せたまま、やっぱり怒られるだろうかと嫌な空気を感じながら返事を待った。 

「ああ、瑞華。大丈夫、そんなに待ってないよ」 

返事の穏やかさ、どころか、甘ささえ含む声が帰り、え?と顔を上げた。 
風人を見れば、瑞華の後ろの二人組に視線が向いて。 
一瞬、瑞華も凍りついてしまうような威圧的な雰囲気で、二人組を追っ払ってしまう所だった。 
驚いて、固まってしまえば、見上げた瑞華に気付いて、にっこり笑顔が作られる。
その眼差しを受ければ、流石に動揺を顔に出さないことは難しい。
慌てて顔を伏せて、赤くなっていくのを見せないようにする。

「ありがとうございます」 
「悪かったね。電車、慣れなくて辛かったんじゃないか?」 
「あ、いえ…」
至極優しく、続けられた言葉には思考を止めてしまった。 
この人、誰でしたっけ?

勿論、間違いなく九条風人その人なのだが。まるでこれでは大学で遠巻きに見ていた「経済学の王子」と呼ばれたそのままの人がいるようだ。

「にしても、すごい人混みだね」
そう言って手を差し出されて、目を見開いて顔を上げた。
「人混みで、はぐれちゃ不味いでしょ?」
そう言って促され、手を出すとそのまま繋がれた。
大きな手に引かれて、その手の温もりを感じれば、鼓動の大きさが聞こえるんじゃないかというくらい合唱している錯覚に陥った。

動悸と、ほてりが止められない。
そのまま花火のために出ている縁日に進んでいく。
「人が多い、ですね」
つい、声が小さくなってしまう。 
何か勘違いしたのか、風人が苦笑して見せた。 

「普段から頑張ってる君の、息抜きに来た祭でまで苛めたりしないって。頼むからそんなに警戒してくれるなよ」 

そうして、頭を撫でられてしまえば。
困惑の渦中で溺れるのは止められなかった。 
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