散華へのモラトリアム

一華

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第二章

月に導かれるなら 3

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夏の夕方らしく、まだまだ陽のある頃。

すっかり準備を整えた頃に、わざわざ用意してもらった九条からの迎えの車が到着した。九条邸に到着すると、丁重にもてなしを受ける。
会社への資金援助についての話ということなのに、わざわざお屋敷の方に呼ばれると言うことには、多少違和感を覚えはしたが、そもそも瑞華で良いという程度の内容である。
瑞華の母は浮かれていたがさほど大きな期待はしていない。
鷹羽氏のように、瑞華との結婚も条件に入った援助であるならまだしも、九条家には適齢期の引く手あまたの人間しかいないのだ。
財産も、美貌も、才能も。有り余るほどに持ち合わせている。
最初から現世うつしよで見る夢のような時間だと思えば、夢から覚める時にも落胆はしない。
それくらいの気持ちを持つ程度の分別はあるつもりだった。

九条家では何人もの人間が出入りしていて、しかし慌ただしい様子は全くなく統率が取れている様子は花宮の家とは比べようもない。

客間に通される前に案内される場所なのだろう、玄関近くの入り口沿いの待ち室のような場所さえも、風情があった。
趣向を凝らした品の良い調度品も、どれを取ってもよく手入れをされてるのが分かり、彩りは華やかだ。

アンティークを思わせる芸術的な椅子に腰かけ、準備が整うのを待っていると、偶然通りかかったと言う様子で制服姿の少女が前を通り、目があった。
都内有数のお嬢様女子校高等部の物であるセーラー服姿。艶やかな長い黒髪と、年若い少女に使う形容詞としてはいささか問題もあるが、『妖しいまでの美しい』姿。憧れ続けていた九条月人さんの面影が重なる。
恐らくこの人は妹君。会うのは初めてのはずだが、噂には聞いたことがあるその人だろう。

礼儀として席を立ち、声を掛けた。
「ごきげんよう、お邪魔しております」
「ごきげんよう」
少し戸惑ったような、だが良く通る、まさにカナリアのように歌う声。
柔らかく心地よく響く声に、それだけでも品格を感じてしまう。

「私、花宮瑞華と申します。本日は九条家の次期様にお招き頂きまして、こちらでお待ちしております」
ご挨拶しても問題ないだろうと自己紹介すると、まあ、と相手は申し訳なさそうに目線を下げて瞬きをしてみせた。
「お客様に先にご挨拶させてしまい、申し訳ございません。九条雪乃と申します」
おっとりと挨拶をする様子の一つ一つがどこか品がある。思わず高揚するような心持ちになった。だが流石に憧れの月人さんに似ているとは言え、年下の女の子に緊張しては相手も対応に困るだろうと、自分の心を最大限に戒める。

冷静に、冷静に。

雪乃、と名乗った少女は、何か気づいたように小首を傾げた
「花宮様と言われると、もしかして…」
「あ…実家は百貨店『華屋』を営んでいるんです」
そういうことだろうかと、先んじて言えば、まあ、と少女は目を輝かせた。
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