散華へのモラトリアム

一華

文字の大きさ
25 / 95
第二章

月に導かれるなら 5

しおりを挟む
雪乃とは反対側から姿を現した風人は、瑞華からは信じられない程、妹に優しい。
固まってしまった瑞華の様子に全く気付いていないかのようにこちらの側に来て、瑞華の代わりに説明を始めた。

「こちらの花宮のお嬢さんは、弥生さんのことで頼み事があるってんで、兄貴に今日呼ばれたんだよ」
「まぁ、そうでしたの。それは大変失礼いたしました」

残念そうな顔を見せてから、雪乃は深々と頭を下げた。
それで慌てて瑞華は首を振った。
「いえ。実を言えば、私、まだご用件を聞いておりませんでしたの。私が勘違いさせてしまったんです。ごめんなさい」
良家の子女らしく、言葉はゆっくりとほほ笑んで。
どうにかそう返せば、雪乃はにかんだ様な笑顔を返してくれて、その神々しさに瑞華は心を躍らせてしまう。
やはり、この系統の顔にはどうも弱いらしい。

しかし風人がこちらを向けば、瑞華はとたんに顔を強張らせてしまった。
それにまるで気づかないように、相手はにっこりと華やかな笑みを向けてくれる。

「どうぞ、花宮さん。『九条の次期様』がお呼びだよ」

瑞華の顔の強張りに、この男が気づいていないわけがない。
ぎこちなくだが、どうにか微笑みに表情を変えた。
「あなたが…ご案内してくださるんですか」
「兄貴に頼まれたからな」
肩を竦めた様子に、雪乃が不思議そうにする。

「お二人はお知り合いでございました?」
「ああ。こちらの花宮さんは俺と同じ大学の後輩なんだ」
「まあ、そうでしたの」
「え、ええ」

どうにか微笑みを維持しつつ相槌を打てば、益々申し訳なさそうに少女は目線を落とした。

「お兄様方のお客様でいらっしゃいますのに、大変失礼なことを申し上げてしまいました。どうしましょう」
「ゆきが気にすることもないだろう」
取りなすような風人の態度はどこまでも優しい。本当に優しい。
どなた様ですかと思えるほど、昨晩の悪夢が何だったのかと思えるほどに。

「ですが…」
「まあ、気になるなら。お詫びに向こうの部屋でのお茶はゆきが出してやるってのはどうだ?」
「お客様に、よろしいのでしょうか?それに着替えてからだと遅くなってしまいますが」

戸惑った様子の少女に、瑞華はふわり微笑んだ。
この少女の憂いは取り払ってあげたい。

「嬉しいです。ご迷惑でなければ是非お願いします」
心からそう思ってお願いすれば、遠慮がちにではあるが、雪乃は少しばかり嬉しそうに笑みを浮かべて見せた。

「…では、そうさせて頂きます」

柔らかく華やいだ笑顔に変わって。
愛らしく品がある、本物の淑女とはこういう子ではないだろうか。
瑞華は密かに感嘆の想いを持たずにはいられなかった。

それでは準備致しますとしずしずと去っていった後ろ姿を、名残惜しいように見送っていると、どこか冷たい目線で風人に見られていることに気付いた。
気まずく目線を逸らすと、それ以上は何も言われない。
ついてこいと言わんばかりに先を立って歩き出した。

非常に気まずい。
しかし、ここまで来て付いていかないという選択肢はなかった。
瑞華は風人の後ろ姿を追うように歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...