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第二章
その月から賜る願いと褒美 1
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客間の一室に案内されて。
とうとうそこに待っていた九条家の次期様と呼ばれる九条月人氏とのご対面になった。
なんと挨拶されたかは、その口から零れ落ちるテノールの響きだけで、緊張しすぎて覚えていないが、神々しいまでの微笑みが瑞華を震撼させたのだけは確かだ。
一筋の隙もないスーツ姿に美しく後ろに流すように整えられた黒髪、リムレスの眼鏡で緩和された眼光が却って知的な様子を引き立てる。その若さで九条グループの次期当主としての器を完成させてしまっている九条月人という人物。
物腰は踏み出す一歩さえ、意味があるように感じられてしまって、見入ってしまいそうになる。無遠慮にならないよう目線をわずかに逸らすことにした。
惚けて固まるのだけは避けたい。そう、ここに来るまでに決意を固めていたので、最悪の事態だけは免れたと信じたい。自信はないが。
促されてソファに座り、目の前に月人氏が鎮座している事態をどう表現すれば良いか分からくなっているのだ。
このまま召されても本望かもしれない。
「何をしている」
対面の形が整うと、扉を開けてからそのままの場所で動かなかった風人の方へ、兄の視線は瑞華のままで響きの良い艶に満ちた声が掛けられた。
九条風人は、一瞬間を空けてから部屋から出ようとするが。
「風人」
一言で制されて、止まった。
艶やかな笑みを浮かべて。
月人は、自分の隣の席のひじ掛けを、コンコンと二回指で打った。
座れ、と。
その指示に、風人は一瞬眉を顰めたが、ほんの一瞬だけ。
無言のまま、何事もなかったように指示された場所に腰を掛けた。
その流れをどこか現実味のないまま、見つめていたが。
「花宮瑞華さんには、折り入ってお願いしたいことがありまして」
そう月人に本題を切り出されれば、流石に我に返った。
「折り入って、というと…。私、個人にということでしょうか?」
そう問えば、艶やかな笑みが返り、是とされたのが分かった。
わざわざ、九条家の経営する会社ではなく、本宅に案内された理由は、それが個人的な頼み事だったからだろうかと思いながら、瑞華は次の言葉を待った。
「実は私には婚約発表を控えた女性がいるのですが」
「え」
婚約?
意外な言葉に、思わず目を見開いてしまう。
今更だが、目の前の人間が俗世の人間だと、認識する。
芸術品でも、神話の中の登場人物とも違う。生きている男性だったということをどこか忘れていたので、一瞬言葉の意味を理解し損ねたのだ。
理解すれば心からのお祝いの言葉に顔が綻ぶ。
「それはおめでとうございます」
憧れが強すぎて、どうにも位置づけを間違いがちだが、子供の頃からの憧れの人のおめでたい話だ。素直に喜ばしく思えた。
瑞華は勿論、九条月人を恋愛対象になる異性として認識したことはい。その発想自体も欠落していたので、憧れの人の結婚にがっかりするような感情はなかった。
お祝いの言葉を受け入れたことで益々艶を増し、後光が差すような笑みを返されて、思考が止まりそうだ。
「お願いしたいのは、その女性の『友人役』兼『教育係』です」
とうとうそこに待っていた九条家の次期様と呼ばれる九条月人氏とのご対面になった。
なんと挨拶されたかは、その口から零れ落ちるテノールの響きだけで、緊張しすぎて覚えていないが、神々しいまでの微笑みが瑞華を震撼させたのだけは確かだ。
一筋の隙もないスーツ姿に美しく後ろに流すように整えられた黒髪、リムレスの眼鏡で緩和された眼光が却って知的な様子を引き立てる。その若さで九条グループの次期当主としての器を完成させてしまっている九条月人という人物。
物腰は踏み出す一歩さえ、意味があるように感じられてしまって、見入ってしまいそうになる。無遠慮にならないよう目線をわずかに逸らすことにした。
惚けて固まるのだけは避けたい。そう、ここに来るまでに決意を固めていたので、最悪の事態だけは免れたと信じたい。自信はないが。
促されてソファに座り、目の前に月人氏が鎮座している事態をどう表現すれば良いか分からくなっているのだ。
このまま召されても本望かもしれない。
「何をしている」
対面の形が整うと、扉を開けてからそのままの場所で動かなかった風人の方へ、兄の視線は瑞華のままで響きの良い艶に満ちた声が掛けられた。
九条風人は、一瞬間を空けてから部屋から出ようとするが。
「風人」
一言で制されて、止まった。
艶やかな笑みを浮かべて。
月人は、自分の隣の席のひじ掛けを、コンコンと二回指で打った。
座れ、と。
その指示に、風人は一瞬眉を顰めたが、ほんの一瞬だけ。
無言のまま、何事もなかったように指示された場所に腰を掛けた。
その流れをどこか現実味のないまま、見つめていたが。
「花宮瑞華さんには、折り入ってお願いしたいことがありまして」
そう月人に本題を切り出されれば、流石に我に返った。
「折り入って、というと…。私、個人にということでしょうか?」
そう問えば、艶やかな笑みが返り、是とされたのが分かった。
わざわざ、九条家の経営する会社ではなく、本宅に案内された理由は、それが個人的な頼み事だったからだろうかと思いながら、瑞華は次の言葉を待った。
「実は私には婚約発表を控えた女性がいるのですが」
「え」
婚約?
意外な言葉に、思わず目を見開いてしまう。
今更だが、目の前の人間が俗世の人間だと、認識する。
芸術品でも、神話の中の登場人物とも違う。生きている男性だったということをどこか忘れていたので、一瞬言葉の意味を理解し損ねたのだ。
理解すれば心からのお祝いの言葉に顔が綻ぶ。
「それはおめでとうございます」
憧れが強すぎて、どうにも位置づけを間違いがちだが、子供の頃からの憧れの人のおめでたい話だ。素直に喜ばしく思えた。
瑞華は勿論、九条月人を恋愛対象になる異性として認識したことはい。その発想自体も欠落していたので、憧れの人の結婚にがっかりするような感情はなかった。
お祝いの言葉を受け入れたことで益々艶を増し、後光が差すような笑みを返されて、思考が止まりそうだ。
「お願いしたいのは、その女性の『友人役』兼『教育係』です」
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