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第三章
華はどこを向かされるのか 5
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「何疲れた顔してるの?」
大学のお昼時に、敷地内のカフェでランチをしていると件の風人氏が、瑞華を見つけて近づいてくると、余所向きの優しい笑顔で聞いてきた。
当たり前のように同じテーブルの椅子に座って、注文をしている。
一瞬、うっとなりながら、しかし瑞華は外面的には何の変化も顔には出さないことに成功した。
「疲れた顔、してました?」
いつも通り、大学では学生らしいカジュアルな格好をしている風人だ。瑞華はそのことに少しばかり安心していた。
無駄にスーツが似合うと思って見惚れてしまうということは、既に嫌というほど分かっている。
学生らしい姿なら、どうにかすまし顔も作れると言うもの。
昨晩は本当に酷い夜だっただけに、なるべく無駄に揶揄われるのは避けたかった。
だがその表情を一瞥すると、風人はふっと笑う。
「本当にあんた、分かってないな…それ好きな男と一緒にいる時の顔じゃないだろ。それとも、俺の気が引きたくて分かっててわざとやってんの?」
耳元で甘く囁かれ、その吐息の感触に思わず固まる。
ここで九条風人を見てしまえば、いつも通り睨んでしまいそうで、我慢した。
昨晩が鷹羽氏で今日が九条風人では、流石に身も心も持たない。
なるべく無傷で通り過ぎれるように努めて冷静な声を絞り出す。
「きちんと実績を重ねてらっしゃるようですね。流石です」
「ああ。なんか聞いた?」
「お父様から、少しだけ」
「少しだけ、ね。鷹羽さん、アウトレット販売だっけ?流石に的確なアドバイスしてるから、今の所はあんまりやることはなかったんだけど・・・ 案外、全権任せちゃえば黒字間違いなしじゃない?」
軽く言われる。
ごもっとも過ぎて・・・それにしてもこの言葉の、このタイミングは最悪だ。頭にくる。
瑞華が黙って不機嫌そうにしていると、風人は肩を竦めて、実に爽やかに笑った。
「まあ、そうするとアンタ、鷹羽さんと結婚することになるんだっけ?」
「風人さんは、お兄様に怒られるんじゃないんですか?」
「ああ、確かにね。そりゃ困るわ」
なんてことはないといった様子で返される。
道筋は出来てきているのだから、余裕があると思っているのか。それとも九条風人には関係ない話だからかは分からないが。
軽口相手とは言え、言い返して良いというのは案外楽なものだと、瑞華は心の隅で思っていた。
大分、この人に慣れてきたのかもしれない。
それに九条風人もこの様子では、分かってきているはずである。
「やることがなかった」
それは会社の基本的な立て直し案は、既に鷹羽氏がやってしまっているということだ。
仕入れ発注などの商売の基本的な部分も押さえてしまっていて、そこに口出しは華々しい企画を立てて結果を出すということだけでは難しい。
入っているテナントも、鷹羽氏の口利きがあってこその店舗が多く、その穴を埋めるだけの人脈というのは中々手に入るものでもない。
九条風人の目的が単なる援助ではなく、鷹羽氏の撤退させても良いだけの成功だとすると、かなり難しい話なのだ。
「昨日から過去の会議資料を読んでるよ。ここ何年かの施策とかも知りたいしね」
「そうですか…」
瑞華はちらりと風人を見てから、昨日考えていたことを口にする。
「華屋の今の取引先やテナントで、鷹羽さんが関わっているものってどれくらいあるか分かりますか?」
「何?興味あるの」
「…」
風人にとっては珍しい瑞華の干渉に、面白そうににっこり笑われる。
一瞬怯みそうになったが、それではいけないだろうと踏みとどまった。
「もし、教えて頂ければ…嬉しいです。お願いできますか?」
昨日は鷹羽氏、今日は九条風人に『お願い』しているということは、少々トラウマになりそうだったが、恐れていたような冷たい目線などは与えられず、なるほどねえと、どこか満足げに笑われる。
大学のお昼時に、敷地内のカフェでランチをしていると件の風人氏が、瑞華を見つけて近づいてくると、余所向きの優しい笑顔で聞いてきた。
当たり前のように同じテーブルの椅子に座って、注文をしている。
一瞬、うっとなりながら、しかし瑞華は外面的には何の変化も顔には出さないことに成功した。
「疲れた顔、してました?」
いつも通り、大学では学生らしいカジュアルな格好をしている風人だ。瑞華はそのことに少しばかり安心していた。
無駄にスーツが似合うと思って見惚れてしまうということは、既に嫌というほど分かっている。
学生らしい姿なら、どうにかすまし顔も作れると言うもの。
昨晩は本当に酷い夜だっただけに、なるべく無駄に揶揄われるのは避けたかった。
だがその表情を一瞥すると、風人はふっと笑う。
「本当にあんた、分かってないな…それ好きな男と一緒にいる時の顔じゃないだろ。それとも、俺の気が引きたくて分かっててわざとやってんの?」
耳元で甘く囁かれ、その吐息の感触に思わず固まる。
ここで九条風人を見てしまえば、いつも通り睨んでしまいそうで、我慢した。
昨晩が鷹羽氏で今日が九条風人では、流石に身も心も持たない。
なるべく無傷で通り過ぎれるように努めて冷静な声を絞り出す。
「きちんと実績を重ねてらっしゃるようですね。流石です」
「ああ。なんか聞いた?」
「お父様から、少しだけ」
「少しだけ、ね。鷹羽さん、アウトレット販売だっけ?流石に的確なアドバイスしてるから、今の所はあんまりやることはなかったんだけど・・・ 案外、全権任せちゃえば黒字間違いなしじゃない?」
軽く言われる。
ごもっとも過ぎて・・・それにしてもこの言葉の、このタイミングは最悪だ。頭にくる。
瑞華が黙って不機嫌そうにしていると、風人は肩を竦めて、実に爽やかに笑った。
「まあ、そうするとアンタ、鷹羽さんと結婚することになるんだっけ?」
「風人さんは、お兄様に怒られるんじゃないんですか?」
「ああ、確かにね。そりゃ困るわ」
なんてことはないといった様子で返される。
道筋は出来てきているのだから、余裕があると思っているのか。それとも九条風人には関係ない話だからかは分からないが。
軽口相手とは言え、言い返して良いというのは案外楽なものだと、瑞華は心の隅で思っていた。
大分、この人に慣れてきたのかもしれない。
それに九条風人もこの様子では、分かってきているはずである。
「やることがなかった」
それは会社の基本的な立て直し案は、既に鷹羽氏がやってしまっているということだ。
仕入れ発注などの商売の基本的な部分も押さえてしまっていて、そこに口出しは華々しい企画を立てて結果を出すということだけでは難しい。
入っているテナントも、鷹羽氏の口利きがあってこその店舗が多く、その穴を埋めるだけの人脈というのは中々手に入るものでもない。
九条風人の目的が単なる援助ではなく、鷹羽氏の撤退させても良いだけの成功だとすると、かなり難しい話なのだ。
「昨日から過去の会議資料を読んでるよ。ここ何年かの施策とかも知りたいしね」
「そうですか…」
瑞華はちらりと風人を見てから、昨日考えていたことを口にする。
「華屋の今の取引先やテナントで、鷹羽さんが関わっているものってどれくらいあるか分かりますか?」
「何?興味あるの」
「…」
風人にとっては珍しい瑞華の干渉に、面白そうににっこり笑われる。
一瞬怯みそうになったが、それではいけないだろうと踏みとどまった。
「もし、教えて頂ければ…嬉しいです。お願いできますか?」
昨日は鷹羽氏、今日は九条風人に『お願い』しているということは、少々トラウマになりそうだったが、恐れていたような冷たい目線などは与えられず、なるほどねえと、どこか満足げに笑われる。
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