散華へのモラトリアム

一華

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第三章

華はどこを向かされるのか 6

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「頑張ったご褒美があれば、人間もっと頑張れる気もするよねぇ」
「…?」
急に何を言い出すのかと首を傾げると、風人はにこにこと笑った。
「海行かない?」
「海?」
「そうそ、ご褒美に」
唐突な申し出に瑞華は混乱せずにはいられない。

「どうして、私が?」
「だからご褒美。九条の持ってるプライベートビーチに兄貴とか、ゆきとか。世代の近いやつらで集まって遊ぼうって話てるんだよ」
その言葉に、二人じゃないのかと、一瞬ほっとしてから、ん?と首を傾げた。
今さらりと、どなたかが行くと言わなかっただろうか。
頭の中で、風人の言葉をリピートさせて、思わず聞き返した。

「月人さんも行くんですか?!」
「おお、食いついたね。弥生さんも、ゆきの彼氏も来るんだけど、瑞華もどうかって打診されてるんだよ」
「ああ、弥生さんが。…なるほど」
九条家のプライベートビーチなんて正直、瑞華には無縁である。
だが、確かに弥生なら、一緒に海に行きたい!行きたい!と主張しそうだ。
初対面から、九条家で場所を借りてのお勉強に何度か会っているが、随分そういう態度にも慣れてきた。
つまりこれは弥生のお誘いかと納得しかかっていると。

「おっと勘違いするなよ。これはご褒美だから。誘ってるのは俺でしょ?」
そう風人に言われて、不審に思ってしまう。
「どうして、それがご褒美になるんですか」
「頑張ったからじゃない?」
意味が分からない。瑞華は困惑した表情を浮かべた。

風人と海に行くことが、風人へのご褒美になるということだろうか?
それとも、瑞華が華屋について干渉したことを『頑張った』と評して、そのご褒美に海に連れて行くと言われているのか。

敢えて曖昧な言い方を風人がしていると感じつつ。
だが、どうも先ほどから裏表はさほどなく普通に誘われている気もする。
いつにない毒の少ない態度だと感じて、探るように視線を送った。

「なんだか、今日は随分機嫌がいいですか…?」
「そう見える?」
返された笑顔はやはり明らかに機嫌良さそうだった。
珍しくも瑞華に「経済学部の王子様」である笑顔を見せている気さえする。
不覚にもその笑顔に見入ってしまい、これは気づかれるんだったと目を背けた。

「アンタ、本当に俺に冷たくされるのに慣れてきてない?」
呆れたような声に瑞華はむっとする。
「まぁ、冷たく言われた方がお好みなら、そうしてもいいけどさ」
そう言って、じぃっと風人は瑞華を見つめる。
「じゃあ、どんな風にお誘いしましょうかねえ…」
含みのある言い方とその視線に、また冷たい風人に変わられてしまうのかと瑞華は内心慌てて顔を上げた。
勢いのままに身を乗り出して、もう話を進めてしまえと風人に詰め寄る。

「私が海に行けば、お願いは叶えてくれますか?」
「ご褒美の話をしてる時にお願いとは、贅沢なお姫さまだとは思うけどね。善処しましょう」

風人はにっこり笑ったのが決め手で、瑞華は誘いを受けることにした。
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