散華へのモラトリアム

一華

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第四章

鷹は狡猾に獲物を見据える 1

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『今日は会えない?』
電話だと言うのに、威圧的な声の迫力は損なわれることがない。
鷹羽一王のその声は、別段怒りなど滲んでいるわけではない。

ただ怪訝そうに、意味を確認するように吐き出されただけだと言うのに、瑞華は思わず体を固くした。

「すみません、少し調子が悪いみたいで。夏風邪かと思うんですけど」
なるだけそれっぽく聞こえるように言葉を選ぶ。

友人である安達美沙と話した後、自分の立ち位置をもう一度考え直してみようと思った瑞華は、鷹羽氏と少しでも距離を置こうと決めた。
だからこそ、掛かって来た電話に今までにはなくお断りをすることにしたのだ。

鷹羽と会うと瑞華の心身の負担は大きい。
思考も影響を受けてしまう気がする、と思えば、やはり最善の選択は会わないことに思えた。
上手く断らなければと、なるだけ柔らかな言葉を選んだ。

「鷹羽さんに感染うつしても申し訳ないですし」
感染うつして治りが早くなるなら、一向に構わないが…』
ふむ、と何か考えるような声の後に、揶揄うような言葉が繋げられた。

『この間の悪戯が、お気に召さなかったというなら謝るが?』
「……」
その言葉の意図するところが分からないはずもなく、瑞華は押し黙った。
口調から反省しているとも思えないし、そんな性格でもないだろう。
暗に仮病だろうと言われていることも察してしまう。
だが、認める気にもなれなかった。

『まあ、仕方ない。夏風邪だということにして、時間をあげよう』
「……」
『次に連絡するときには、良い返事が貰えることを期待しているよ』
「すみません…」
瑞華が絞り出しように言葉を出すと、鷹羽は低く笑った。

『瑞華さん、そこはお礼を言って頂きたい』
「……」
何気なく言われた言葉だったが、その響きは、瑞華に深く響いた。
貰った時間のお礼を望んでいるこの男は、既に瑞華を所有しているのだという様子である。

反抗する気持ちが一瞬湧き起こり、それからふっと我に返った。
美沙と会う前の瑞華なら、ここで反抗したりはしない。
ならば今、反抗するのが正しいこととは中々思えなかった。

だとすれば、例え嫌だと思っていても、相手の望むような言葉を口にするほうが良い。
「お時間を下さって…ありがとうございます」

その言葉は、意思がなくても力を持つように瑞華の心を傷つける。
だが、今は大丈夫。大丈夫、だからと言い聞かせた。

『構わないとも』
機嫌の良さそうな言葉で鷹羽は言った。
『次回は私をがっかりさせないと、思っているよ』

その声は、瑞華の決意を揺らがせるほどに、どこか余裕を持っていて。
怖いと思う心をひたすら煽る響きを持っていた。
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