散華へのモラトリアム

一華

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第六章

風雅公の企み 5

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「それで、まず事務所に向かいますか?」
「え?」
瑞華が切り出すと、風人は驚いたように聞き返した。
何か間違ったことを言っただろうかと瑞華は首を傾げた。

「華屋の本部事務所です。まあ、数字は全て本社に上がってきますから、用はないかもしれませんが」
「…ああ!」

何かに気付いたように、わざとらしく(瑞華にはそう見えた)手を打って、なるほどと声を上げた。
「なるほど、事務所ねえ」
何か考え込むように風人は黙ってから、にっこり笑う。
「いいね、事務所に行こうか。せっかくだから中で働いている人にも挨拶しよう」

その一連の様子に瑞華はいぶかし気に、風人を見つめた。
「…ここに何をしに来たんですか?」
「だから、デートでしょ?」

華やかな笑顔に、胡散臭いものを感じてしまう。
そもそも風人にデートする理由などないことは先日の花火大会で証明済み。しかもこの軽いノリでは本心でデートなどと言ってるとは到底思えなかった。
だが、それ以上聞き返す気力もない。
瑞華は風人を先導するために前に立った。

「瑞華、それは間違い」
「え?」
風人は立ち止まった瑞華の肩を一度トンと叩いてから、なんとも自然に肩を抱いた。
「!?」
「今日はこれで行くよ」
悪魔のような微笑みで、瑞華が赤くなって固まるのも気にしない。
風人は有無も言わさず、先へと歩かせた。

事務所に案内するために、まずは社員通用口に入る。それから本部事務所へ訪れ、支配人室へ。
さらに奥に社長室が儲けてある。 

支配人には、父親から娘が視察に向かうと伝えて貰っていたので、中に入ると支配人を含む店舗の重役クラスがすぐに挨拶に寄って来た。 
本社に比べ、店舗事務所は狭い場所に人数が増える。
その中でも年齢の高い人間がずらりと集まってくるのだから、瑞華は風人に肩を抱かれたまま居たたまれない気持ちになった。
昔からの知人でもある支配人が、こっそりと「お嬢さんのお付き合いされてる方ですか?」と耳打ちされ。
何と答えたものかと迷っていると、風人の方が一歩早い。
「九条と言います。瑞華さんとは同じ大学の先輩後輩で、させて頂いています」
支配人がそうですかと満面の笑みを浮かべるのを、瑞華が目を見開いてポカンと見つめる。

九条風人はその瑞華を連れて、「どうぞお構いなく」とあっという間に社長室に入ってしまった。
中は密室になっていて、入ってしまえば外の様子は分からない。
逆に言えば、中の様子も外には分からない。
そこで瑞華はようやく風人から解放された。

ほっと息をついて、壁に手をついて力を抜く。なんとも疲れ果ててしまった。
九条風人がまるで気にした様子がないのが、相変わらず過ぎて口惜しいとしか言いようがない。

それに本部事務所なんて場所であんな風にされては、風人氏が恋人だなんだと言う噂があっという間に店舗中に伝わるかもしれない。 
瑞華は頭痛を覚えた。
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