散華へのモラトリアム

一華

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第六章

風雅公の企み 7

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「風人さん、父に上げた企画書で結構お店に関しても細かく調べてたと思いますけど、今更じゃないですか?」
「ま、そうなんだけどね」
にっこり笑われて、知っていて試されているのだろうか?と瑞華は思った。
それが何の為なのかは不明だが、そういうことなら多少は付き合う気もある。
少し考えてから口を開いた。

「…そうですね。メンズは特に仕事着でなければドレスっぽいカジュアルさの表現方法の差が、ブランドの差と言ってもいいかもしれません」
今更説明するのも失礼かと思いつつ、瑞華はテナントとして入ってる各ブランドを確認するように見回した。
そのうちの一店舗から、白のジャケットを取り出して風人に当てる。

「例えば、ジャケットですよね。こういうテーラードジャケットはパットが入ってたりなかったりします。無難な黒やネイビーは着回しが効くので人気ですよね。ジャケットでも着丈が短いのでスタイルが良く見えますし。ポケットの形にも特徴が出ます」
「…」
ふうん、と瑞華の説明を聞いてから、ふっと嬉しそうに笑みを浮かべた。
意味深に思えて、瑞華は首を傾げる。

「…なんですか?」
「いや、俺にこれが似合うって選んだのかなってね」
揶揄からかうように笑われて、瑞華は冷めた様子で目を細めた。
抑揚のない返答を返す。

「…お似合いだと思いますよ。白は人を選びますけど。風人さんはきっとお似合いでしょうね。良く来ているシャツもカジュアルなものが多いですし。…ああ、カーキもいいでしょう」
「ふうん。じゃあ…」
「ちゃんと着てください」
瑞華は店員に声を掛けそうになるのを即座に止めた。

「ん?」
「ブランドによってサイズの展開が違うんです。風人さんみたいにフルオーダーなんて気慣れてる人が試着もせずにお買い上げしては、後々問題が出るかもしれません」
「俺も普段着はオーダーしてないぜ」
苦笑して見せた風人に瑞華は首を振った。
そこは商売人の娘として譲るわけにはいかない。

「こういう体にフィットさせるものを、適当に買うのは許せません。ちょっとした差が印象の差に変わるんです」
強気に言えば、風人は楽しそうに口元を上げた。
「ああ、はいはい。見立ててくれてるわけだし、文句は言いませんよ」
「…なっ」
「鏡の前までいきましょうか?お姫様」

流されて瑞華も一緒に店内に進んむ。
鏡の前まで進んだ所で近寄って来た店員が、瑞華を見て一瞬止まった。
どうやら顔を知られてるらしい。いや、本部事務所から通達でもあったのかもしれない。気まずく思うが、風人は全く気にせずに、瑞華に意見を求めてくる。
結局流されるまま、そのままアドバイスを始めてしまい、気づいたら店員もそれに参加していた。

何せ、風人はスタイルがいい。
本人はそのつもりもないのだろうが、何を着せても大概似合ってしまうので、店員も楽しそうに色々と洋服を出してくれる。
結局最初に瑞華が選んだ白のジャケットを買っていたが、他所のテナントの店員も覗いていたようだったから悪目立ちしたのかもしれない。
お買い上げ頂いたのは、店側の人間の一人としてはありがたいのだけど、その後のレディスのコーナーで、今度は瑞華に試着を勧めてくるので、もしや本当にデートのつもりかと疑いたくなる。
その辺りを勘違いして痛い目だったら先日見たので、疑うだけだが。

インテリア雑貨のコーナーでも、一つ一つ小物に興味を示し、そのたびに店員が声を掛けてくるので、『買い物デート』としては充実している時間だった。
しかし本当に『デート』ならば、わざわざ華屋である必要もないはずだ。
本来の目的は達することが出来たのかは、謎。

しかもその後、新宿店に移動すれば、同じように無意味に本部事務所を訪れ、まるで瑞華の恋人のように挨拶をしたあと、またも店舗を上から下まで回ったのである。

そして一階に到着すると、「じゃあ、帰りますか」とあっさり言い渡し。
花宮家まで送ってくれたのだが。

帰ってからも、あれは何のつもりだったのか、瑞華にはどう考えても答えが出なかった。
ただ思い出せば、楽しかった気がして顔が緩んでしまいそうで。
ばかだなあ、とぐっと自重しないわけにはいかなかった。
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