散華へのモラトリアム

一華

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第七章

瑞々しく咲く華とならむ 2

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「何故、お父上が婚約を早めようとしていると思いますか?」 

冷笑が瑞華を捉えて、絡むように響く。 

「私の紹介した取引先が、何社も同時に契約条件の見直しを求めてきたそうです。それで、いらした」
「…」
瑞華が目を見開いて鷹羽を振り返った。
にっこりと笑われて体が凍りついた。

何社も同時に?
そのことは華屋にとってプラスに働くとは思えないと、咄嗟に頭によぎった。
 
「――正直、私も瑞華さんが余所の青年と仲良くしているのは、面白くなくなってきた所です。 
瑞華さん。私と婚約なさい」 

意外な程、強く。 
どこか強い瞳で熱っぽく言われ、はっとするが遅かった。 

引き寄せられたかと思った時には、ソファーに押し倒されて―― 
どこかに余裕を残しながらも、力強く獲物を離さないという強い意思を感じる残酷な目で覗きこまれる。 

「貴女が気にしている数字など、今だけです。誰が自分の物になる会社をおとしめる様なことをします? 
そう、今だけ」 

ふっと微笑む仕種は、はっきりと可笑しな数字の動きの原因が自分と認めている。 
余裕の仕種は、それが明るみにでることがないと核心しているからだろうか? 
鷹羽の仕組んだ通りに。

「瑞華さん。私の物になりなさい。…それとも」 

うっすらとした微笑みを刻む唇が、瑞華の耳元に触れた。 
「拒んで、華屋を失いますか?」 

――ぞっとした。 
これは脅しだった。 


そして、この場で。 
モラトリアムの終わりを告げられているのだ。 
知らない重みを身体に受けて・・・ 

時間も感触も 
怖いくらいにリアルだ。 
力強い狩りをするものの手で。 
切り裂かれようとする事実が、生々しい・・・ 


『絶対、助けるから』 
その声を思い出せば、瑞華ははじかれたように、鷹羽の体を押し返した。
涙が滲んだが、どうしても嫌だった。
自分の身を捧げるのも、仕方ないと思ったことがあったとしても、今はもう自分の気持ちを知ってしまったから難しい。
死んでも御免だ。

一瞬ぐらりと体型を崩したが、鷹羽は次の瞬間には瑞華の手を払うようにして掴み取り、抑え込んだ。
「大人しくしておけば、お互い良い思いが出来るのに。これでは私だけが良い思いをしなければなりませんね」

歪んだ笑みが浮かんで、捕えた獲物を眺める男の視線をただ睨んだ。
屈しないと気持ちを込めて。


その時。

「はい、そこまで。 
――見苦しいでしょ、老いらくの恋で、救いもなく犯罪なんて」 


扉が開き、どこか場違いなほど軽く。 
しかし人を引き付けずにいられない声が響いた。 


起き上がって確認するまでもない。 
苦笑して、鷹羽氏が身体の上からのき、身なりを正して対峙する相手。 

――九条風人―― 
相変わらずの華やな表情に、相変わらず人目を惹いて止まないスーツ姿。 

急いできました、というように肩で息をしている様子で。 
ちらりと、瑞華を見て眉を潜めてから、それでも鷹羽氏に対しては、ポーカーフェースに切り替えた。 

「これは、九条のご子息が何のご用ですか?」 

刺すような視線で鷹羽氏は腕を組む。 
風人の様子では、受付もそこそこに押し入ってきた様子だった。 
警察を呼ばれても文句は言えない。 
勿論、瑞華の状況もそうなのだが、ここは鷹羽の会社であるので、分が悪い。

だが風人さんは肩を竦めて呆れたように返す。 
「鷹羽さん、見苦しいでしょ?花宮さんには縁切り申し込まれてるんだから」 

―――は? 

ゆっくりと起き上がると、鷹羽氏は微かに眉を潜めている。 

「あぁ、まだそこまでの話は詰めてないのかな? 
まぁ、こっちは準備が整ってるわけだから、さっさと諦めて、瑞華、返してもらいますよ? 
俺のですから」 

どこまでも鷹羽氏に対しては冷たい声で。 

切り替えて、鷹羽さんの横を堂々と抜けて。 
近づいてきた風人氏が瑞華を覗きこんだ。 

「アンタもタイミング悪いんだから」 

大袈裟にため息をつかれて、引き寄せられて抱き上げられれば困惑しながらも、安心する。 

気付かないうちに強張っていた体の力を抜いて。 

――身体を預けた。 
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