拝啓、お姉さまへ

一華

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第一章 4月

お姉さまが欲しかったもの ★1★

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結局三人で草むしりをすべてやり終えて、汗をかいたので、三人で大浴場に向かった。
それから食堂に行くと、遥先輩もちょうど食堂に来たところだった。
挨拶をすると席を勧められたので、それぞれ夕食のトレイを持って相席をさせてもらう。
遥先輩は食堂の奥の方の席に案内した。
比較的に空いている場所になる。
ちなみに今日の夕食は鶏肉のトマト煮とオムレツ、サラダ。
3人とも働いて空腹だったので、一段と美味しそうに見えた。

「ご苦労様」
遥先輩が3人の様子に笑って労ってくれた。
「貴女達、三人で草むしりしてくれたんですって?おかげで随分綺麗になったわ」
「あ、すみません」
一応の名目は罰則であったのに、つい最後まで手伝ってしまったのだと思い出した。寮の庭がすっきりしたのは事実だが、寮長である遥先輩に叱られはしないだろう。三人で小さくなっていると、遥先輩はクスリと笑った。

「良いの。明日は清掃活動は出来ないかも知れないから、都合が良かったわ」
その言葉が意味深に思えた。
顔を上げると、遥先輩は少々難しい顔をしている。
なにか、あったのだろうか。
不安な気持ちになった。

「薫さんには言っておかないといけないことがあるの」
「……なんですか?」
「今、凛子が頑張って陸上部前部長に取りなしてもらうようにしてるでしょう。どうやらそれが、上手く行ってないみたいなの」
「そうなんですか」
え、と驚いた幸と対称的に薫は冷静に頷く。それから、大きく口を開いて、食事をかき込み始めた。柚鈴も釣られるように、静かに食事を開始する。
中々難しいという空気は昨日あったので、薫は薫なりに考えていたのだろう。
今日は凛子先輩はまだ帰って来ていないようだ。と言うことは、遥先輩は常葉学園から帰ってくる前に、状況を確認したのだろうか。

幸だけは、動揺したように全員を何度か見回した
「ちょ、ちょっと待ってください。今、どういう状況なんですか?」
「凛子が生徒会のツテを使って、電話で直接本人と話が出来たらしいのよ。でも緋村楓さんと言えば、そもそも生徒会と因縁があってね。凛子も生徒会の人間だし、あまり話を聞いてもらえなかったみたい」

やっぱり昨日、遥先輩が『緋村先輩は無理だろう』と言っていたことが的中したということらしい。
幸は少し聞きにくそうに、質問する。
「それって、遥先輩が話した方が良かったということですか?」
「それは」
遥先輩は言葉に詰まったように目を逸らした。

「ごめんなさい。私が話したとしても運動部の方ではあまり上手くいかないと思うわ」
その言いにくいそうな表情に聞かない方が良いのかと、思わず幸は口を閉ざした。
が、薫は食事をしながら、全く気にしない様子で聞く。

「どうして、ですか?」
遥先輩は、肩をすくめてから苦笑した。
「私がメンティにした子は、花奏と同じ新体操部なんだけど。元々同じ部活の先輩がペアになる予定だったの。でも、ひとみが高等部に入る前に色々あって、私が横入りする形でメンティにしたのよ。だから私、一部運動部の方達には評判が悪いの」
「色々って何があったんですか?」
問うと、遥先輩は一瞬考えてから、急ににっこり笑った。
「言わない」
だから、これ以上聞くなという目線に、流石に薫も。もちろん柚鈴と幸も口を閉ざした。

花奏ちゃんは何か知ってるのな?

考えを巡らせ、もしかしたら知っているかもしれないと思う。
そういえば、花奏は薫のことを相談しに訪れた時に、凛子先輩にも聞いてもらった方が良いと判断していた。
花奏は『遥先輩とひとみ先輩の事情』を知っていて、そう考えたのかもしれない。
確か以前に、『中学時からすでに、ひとみ先輩とペアを組むことを決めていた』と言っていたのだから、知っていると考えたほうが自然だ。

そして、花奏の遥先輩への懐き方や、あれだけ寮に遊びに来ていることもを考えれば、遥先輩が何か酷いことをした、と風にも思えない。それこそ色々な事情があるのだろう。
それ以上、この件については質問はしないことにした。
咳払いして話を戻すことにする。

「あの。これから、どうするんですか?」
「今日は電話で話しただけだから、明日は直接会いに行ってみるって凛子は言ってたわ。それでも緋村楓さんから、口添えを貰えないと分かったら、凛子は陸上部部長と直接話すことにすると思う」
遥先輩はまっすぐに薫を見つめた。
「だから私は別口から攻めようと思うの」
「別口、ですか」
「そう。だから薫さんは明日は放課後、私に付き合ってちょうだい」
そう言って遥先輩はにっこりと笑った。

一体、何をする気なんだろう。
気になってしまう。

「どこに行かれるんですか?」
そう聞いたが、遥先輩は小首を傾げた。
それからふと悪戯っぽく笑った。
「それを聞いてどうするの?」
「え」
「まさか付いて来る気じゃないでしょうね?」
「し、しません。そんなこと」
慌てて首を振るが、遥先輩はどうかしら?と肩を竦めた。
これは草むしりを一緒にしたことで、信用を失ってしまったのだろうか。
だが遥先輩の表情を見ると、そう言うわけでもないらしい。
遥先輩は穏やかな表情で諭すように言った。

「言えるほど自信のあることでもないの。でも手があるなら尽くしておきたいから、薫さんには悪いけど付き合ってね」
遥先輩はふふっと笑って言った。
薫は、気まずそうに頭をかいてから頭を下げた。
「まぁ、自分のことなんで。なんかすみません」
そう言ってから、柚鈴と幸をチラリと見た。そして苦笑してから。
「まぁ、心配しなさんな」

その顔に、柚鈴は幸を見てから自分の顔を触った。
思い切り、心配そうな顔になっていたらしい。
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