拝啓、お姉さまへ

一華

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第一章 4月

お姉さまが欲しかったもの ★8★

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常葉学園大学部の陸上部が使用している練習場の一つだという「林間ロード」に着くと、すぐそこで走り込みをしていた一人がこちらに気づいた。
こちらにというか、正しくは志奈さんに。

「おや、お嬢じゃない。どうしたの」
「ごきげんよう。今田先輩を少々お借りしたくて参りました」
「今田?今日はあの子のお客さんが多いね。何かしたの?」
「はい」
志奈さんが悪戯っぽく笑うと、その人はあらら、と肩を竦めた。
「お嬢を困らせるなんて、ダメねえ。私で良ければとっちめてあげるから、いつでも言うのよ」
悪戯に笑ってから、待ってて、と「林間ロード」を抜けて走っていく。
冗談だったとは思うが、やはり志奈さんは先輩方から好かれているらしい。

なんだかそのことが薄ら恐ろしい、と思うのはいけないことだろうか?

しばらくしてこちらに走ってきたのは、小柄で丸顔の、可愛い感じの女の人だ。
陸上部らしくランニングウェアを着ていて、身体は良く見れば引き締まっている。
印象がそうは見せないのだが、流石さすがは陸上部元部長、といったところか。

「今田先輩、ごきげんよう」
「何?お嬢が来るなんて、珍しいわね。真美子まで一緒なんて、相変わらず仲が良いわね」
今田先輩、と呼ばれた相手は、志奈さんと真美子さんに驚いたような顔をする。真美子さんは小さく頭を下げて挨拶した。
「先輩方は、今だに私のことをお嬢なんて呼ぶから、来づらいんですよ」
「まぁ、お嬢はお嬢だもんね。高等部にて夢と感動をくれた存在だから仕方ない」
にっこり笑う笑顔は子供みたいだ。

しかし、『お嬢』だの『夢と感動』だの、一体なんの話なんだか。
柚鈴が言葉一つ一つに引っかかっていると、隣は全く別のことが気になっていたらしい。

「なんか、緋村楓さんの助言者メンターだと思うと、イメージ違うね」
幸がこっそりささやいて来た。
そういえば。言われてから考えてみる。
写真でみた緋村楓さんは、会えば緊張しそうなほど厳しそうなイメージだった。
だから、緋村楓さんの助言者メンターは、同じかそれ以上に厳しそうな人のイメージになってしまう。
でもこの『今田先輩』と呼ばれている人は、人懐っこくて馴染みやすい雰囲気だ。
確かに幸のいう通り、なんだかイメージと違う。

「今日、高等部の市原遥ちゃんが来ましたよね?」
「うん、来たよ。陸上部の1年生と一緒にね。色々言ってたけど、なんか陸上部の子達が助言者メンター制度のことで揉めてるんだって?」
「そうみたいです」

もう、仕方ないなぁと、今田さんは肩をすくめて呆れたように首を振った。
「悪いけど、口出しは断っちゃったよ。卒業しちゃった人間がいつまでも関わるなんて、今頑張ってる子に迷惑だと思うんだよね」
「今田先輩なら、そうおっしゃると思いました」
志奈さんは柔らかく微笑むと、頷いてみせた。それから真美子さんと目を合わせて頷き合う。
思った通り、といった様子だ。
「そのお話なんですが」
と話を切り出した。

「今田先輩には緋村さんに陸上部の件を上手くまとめるようにお口添え頂きたいんです」
「はあ?」
今田さんは、意味がわからないと言った様子で口をぽかんと開けてから、不快そうに首を振った。
「何言ってるのよ。私が楓にそんなこと言うわけないじゃない」
「いいえ。言って頂かなければなりません。そうでなければ、私が有沢さんと話すことになるんですから」
「はぁ」
益々ますます意味が分からない、と言った様子で今田さんは困惑したような顔で首をかしげた。
有沢さんと話すことになるのが、どうかしたのかと言った様子だ。
志奈さんは極上の笑みを浮かべて、どこまでも優しい声で語り出す。

「今田先輩。緋村さんが今田先輩が卒業された後、随分生徒会には非協力的だったことはご存知ですか?」
「知っているよ。お嬢、楓と合わなかったの?」
志奈さんの笑顔をどこか薄気味悪いと言った様子で、警戒するように今田さんは早口で返した。
志奈さんは、あらまあ、と驚いた顔をしてからクスクス笑ってから首を振る。
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