拝啓、お姉さまへ

一華

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第一章 4月

お姉さまと一緒に ★3★

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「良かったあ」
柚鈴の部屋に入ると、幸はほっとしてようにため息をついた。
二人で床に座り込んで脱力する。
「うん、良かったね。これで薫も明日からは陸上部に戻れそうだし」
「うんうん。大学までつけたこともばれてないみたいだったし」
「つけてたのか」
ぱっと扉が開いて薫が覗き込み、幸が固まる。
「なるほど。私が言ってないのに、凛子先輩が大学に行ってたことを知ってたわけだ」
「か、薫!勝手に部屋に入るのは良くないと思うよ!プライベートだよ!」
「幸。あんた、どの口でそれを言ってるの」
「はう」
痛いところを薫に突かれて、幸は言葉を失った。
まあ確かに後をつけた私たちがプライベートを主張しても仕方ない。
「ごめんね」
柚鈴が床に座ったまま謝ると、薫は肩を竦めて、柚鈴のベットに腰を下ろした。

「まぁ、いいさ。ことは収まったんだし。でもどうやったの?」
「え?」
「え、じゃないよ。今回の件どうやって収めたの?」
「それはえっと」
幸が言葉につまり、柚鈴が困ったように笑った。
「一応、先輩方には内緒にしなきゃならないんだけど、いいかな?」
「は?そうなの?」
薫はそう言うとドアを開けて、外で誰か聞いていないか確認してから、再度中に入った。
「いいよ。私は幸よりかは顔に出ないから大丈夫」
「正直者なんだよ」
幸がねたように言ったのに思わず笑ってしまいながら、柚鈴は昨日の話を薫に聞かせた。

「へえ」
話を聞き終わると、納得したように薫は頷いた。
「そりゃ、柚鈴のお姉さんには随分、世話になったんだな。真美子さんって人が、黙っておいてくれって言ったのも了解したよ。確かにこんなに見事に収める人が前生徒会長じゃあ、凛子先輩も気苦労もプレッシャーも絶えないだろうね」
「志奈さんはそういうのは全然気にしないみたいだけに、私には凄いのか凄くないのか分からないよ」
柚鈴が正直に言うと、薫は気にしないように笑った。
「大物なんじゃない?まあ、私はお陰で助かったからどっちでもいいけどね」
「そういえば、真美子さんって」
幸が思い出したように言い出した。
「去年の生徒会副会長さんだねえ」
「そうなの?」
「そうだよ。柚鈴ちゃんにも見せた文芸部の部誌に載ってた一人だもん」
部誌というと『憧れのあの人~神7~』のことだろうか。
それに関しては、ほとんど志奈さんのページしか見てなかったから、全く気付いていなかった。
「そうか。生徒会にいたから、凛子先輩たちのことも気にしたんだね」
納得したように頷いた。
「笹原真美子さんは『氷の才媛』って出だしだったんだ。前生徒会長である志奈さんの参謀とも言える唯一無二の存在らしいよ」
幸は部誌の内容を思い出しながら言う。
「参謀って歴史小説かなんかみたいだな」
薫が微妙な顔で言うと幸は、困ったように笑った。
「そこは文芸部ならではの装飾かもね」

とは言え『氷の才媛』とは良く言ったものだ。
あの冷静な、頼もしさはあるが冷たく感じる視線を良く表している。
しかしあの様子だと、志奈さんが真美子さんの存在を認めながらも、話をたまに聞かずに好きにやってる気がする。
なんだか申し訳なくなってきた。
とは言え、柚鈴がコントロール出来る話でもない。

「幸は良く覚えてるね」
「なんか物語みたいで面白くて」
幸はキラキラと目を輝かせた。
「そのうち、陸上部エースたる薫も何か通り名がついちゃうかもねー。文芸部部誌に載ってさぁ」
「冗談でしょ?」
薫は実に嫌そうに顔をしかめた。
幸はふふっと笑う。
「つかなかったら私が付けちゃうから安心して」
「余計迷惑だって」
薫は唸って幸を威嚇した。二人できゃっきゃと戯れてから。
ところで、と柚鈴に目線を振ってきた。
「志奈さんとか、真美子さんに何かお礼が出来ないかな?」
「お礼?」
首を傾げると、薫は頷いた。
「凛子先輩や遥先輩もだけど、やっぱり迷惑掛けたわけだし、お礼くらいしたいわけだ。まぁ2人の先輩方には、今度の大会で新記録だせばそれで良いと言われちゃったけどね」
薫が肩をすくめて見せるが、自信がなさそうではなかったりするので流石だ。
きっと軽く請け負ったのだろう。

「うーん。志奈さんは甘いものとか好きみたいだけど、真美子さんはどうなんだろう?部誌は何か書いてなかった?」
幸に聞くと、思慮深げに考え込んで見せた。
「書いてあったよ。真美子さんは、貰って嬉しいものに書いてあったことが、印象的だったんだ」
「何?」
「物に込めなくても伝わる気持ち、だって」
「え?」
その抽象的な言い方に目を瞬かせると、幸は考えながら言葉を繋いだ。

「多分、もの、とかじゃない方がいいんじゃないかな?物も喜ぶかもしれないけど、物に頼ってしまったらダメなんだろうなって思った」
「なんか、難しいね」
幸はふんわり微笑んだ。なんとなく、真美子さんが言うことも分かるんだろう。
「そう言えば、志奈さんの貰って嬉しいものって何だった?」
「えぇ!?柚鈴ちゃん、ちゃんと見てなかったの?」
「その辺りは全然」
そう答えると、幸は呆れたように息をついた。
それから柚鈴の反応を伺うように、目を輝かせた。
「志奈さんは、欲しいものっていう質問だったんだよ」
「へぇ。それで?」
相槌を打って聞くと、幸はふふっと笑った。
「妹」
「は?」
「志奈さんの欲しいものには、『妹』って書いてあったんだよ」
その言葉に絶句すると、幸はクスクス笑った。
「柚鈴ちゃんのお姉さんは、柚鈴ちゃんが喜ぶだけで満足そうだね」
「......」

なんというか、志奈さんはブレないな、と思ってしまった。
あのアンケートに答えたのはいつなんだろう?
柚鈴のことを知る前か後なのかだけが少し気になった。


そうだ、と幸は閃いたように言った。
「それこそ、志奈さんに聞いてみたらどうかな?真美子さんが今回のお礼に喜びそうなこと。今日の報告も兼ねてさ」
そう言われて、柚鈴はそれもそうだね、と頷いた。
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