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第二章 5月‐序
GWに待っているもの ★8★
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改めてお茶を三人分いれた柚鈴は、落ち込んでいる兼久さんと志奈さんに出して、お茶を飲んだ。
ほっとする味だ。
確かに柚鈴は家で飲むなら日本茶が一番好きだった。
ほっと息をつくてから、思い出して志奈さんに渡す為に書いてきた紙を鞄から出した。
「志奈さん、色々考えてきたんですけど。決まらなくて」
薫と幸が一緒に考えてくれた、志奈さんとする『姉妹っぽいこと』一覧表だった。
志奈さんは目を輝かせて一覧を見た。
「へぇ。ショッピングをする、映画に行く、カラオケに行く...」
それを見ていると興味深くオトウサンも覗き込んできた。
「えぇ。二人で出掛けちゃうの?」
眉を下げた様子に、志奈さんは肩を竦めてクスクス笑った。
「お出かけはしてみたいけど、お父様がついてきそうね」
「そ、そうですね」
志奈さんは続きを読んだ。
「勉強を教わる、両親のご飯作りを一緒にする、母の日のプレゼントを一緒に選ぶ…」
それで志奈さんはハッとしたように棚に飾ってあったカレンダーを見た。
「そうね、そう言えば長い間縁がなかったけど、今年からは母の日のお祝いがあるのね」
「はい。それで母の日が、中間考査の直前で帰ってこれないと気がして、この連休にプレゼント出来るといいなと思うんです」
そういうと、志奈さんはなるほど、と頷いた。
「柚鈴ちゃんは去年はどうしたの?」
「その日のご飯の材料を買ってきて作って、それからカーネーションをプレゼントしましたよ」
全て柚鈴のお小遣いからだったので、カーネーションは一輪だったけど、お母さんはすごく喜んでくれた。
「私は学生なので、貰ったお小遣いをあんまり使いすぎるのも申し訳ないので、豪華にはしたくないし出来ないんですけど」
正直言えば、オトウサンが協力してくれれば、いくらでも豪華に出来そうなのだけど、出来れば分相応な母の日にしたかった。なので遠慮がちにそう言うと、志奈さんはそういうものなの、と呟いた。
「それを言うとお父様の父の日は派手なのかもしれないわね。毎年お金は自分が出すからって『カッコいいと思うお父さん』のコーディネートを全身させるんだもの」
「志奈にお金は使わせてないのに、ダメなの?!」
オトウサンは驚いた様に口を開けた。
「今年は柚鈴ちゃんにも選んで貰えると思ったんだけどな」
がっかりと肩を落すオトウサンに何と言えば良いか分からなかった。
確かに子供の方には一円もかからわけだし、選んぶだけでいいのなら、柚鈴にも出来そうではある。
答えを迷っていると柚鈴を止めるように志奈さんが言葉を重ねる。
「柚鈴ちゃん、全身よ全身。靴や小物まで選ばせるんだから時間かかるのよ。一日掛かりなんだから甘くみちゃだめよ」
「そ、それは大変ですね」
その様子から察するに、志奈さんは毎年のそのイベントに、うんざりしている気配があった。
志奈さんが敢えて止めるほどのものなら、迂闊に良いですよ、なんて口には出さない方が良さそうだ。
「お父様は、お母さんに今後は選んで貰ってください」
志奈さんがトドメとばかりに、ふわりと微笑むと、オトウサンはガックリと肩を落とした。
その様子も見届けようともせず、
「そうね、GW中はその計画を立てましょうか」
話を進める志奈さんに、オトウサンは癒しを求めるように美味しそうにお茶を啜ってから、口を挟んだ。
「何だったら家の倉庫の中を見てごらんよ。何か役に立つものがあるかも知れないから。使えそうなものは何でも使っていいよ」
「そうね。後で見てみましょう」
オトウサンのその言葉には頷いて、志奈さんは立ち上がった。
「じゃあ、その前に私は自分の役割を果たさないとね」
力強い言い方で、一瞬何かと思ったが時間から考えて昼ごはんを作るのだろう。柚鈴も立ち上がる。
「手伝います」
「これはダメよ。この日の為に特訓したんだから、譲るわけにはいかないわ」
志奈さんは真剣な目をして言った。
「志奈ちゃんは課題でもしていて」
「お、終わらせて来たんですけど」
小さく呟くが、志奈さんは聞こえていないように台所の方に行ってしまった。
せっかく課題を終わらせてしまったのだが意味はなかっただろうか。
一瞬むなしく思う。
「まあ、志奈が頑張ると言ってるわけだし、柚鈴ちゃんは自由にしていたら?」
オトウサンにのんびり声を掛けられて、一瞬どうしようか考えてしまった。
中間考査も近いのだから、課題とは別に勉強はすべきかもしれない。
うら若き女子高生なのに、それくらいしか思い当たらない。
柚鈴は大人しくリビングのテーブルの上に教科書を開いた。
オトウサンはその背中を目を丸くしてから、一瞬目を彷徨わせて、何事もなかったように経済誌を開いて読み始める。
しばらく、真面目に勉強に取り組んでいると、台所の方からいい匂いがして来る。
頑張って料理をする志奈さんと、いつもは忙しいのに、のんびりとする時間を作って出迎えてくれたオトウサン。
ちょっと前までは他人だった人の中で、家族をしているということが不思議に思えた。
まだ居心地は良いとは言えない。
でも、この家に来たばかりの時に感じた違和感みたいなものは、少し和らいだ気もする。
柚鈴は無言でシャーペンを動かした。
元々、ひたすらに勉強するということは嫌いじゃなかった。
感情がコントロールされて、神経は鋭敏になって行くのに、無に近い気持ちになる。
頭に感情の代わりに知識や、答えへのパターンが入って行って整理されるようだ。
不安なことや嫌なことがあった時は、よくこうして、一心に勉強してきた。
そういう時に集中するのは難しいが、出来れば驚くくらいに平らな気持ちになれた。
心でなく、脳を使っている。
そんな感じがするのだ。
「……ちゃん。柚鈴ちゃん」
呼ばれて、はっと顔を上げると、志奈さんが覗き込んでいた。
集中しすぎて周りの音が聞こえなくなっていたことに気づいて、目を瞬かせた。
ほっとする味だ。
確かに柚鈴は家で飲むなら日本茶が一番好きだった。
ほっと息をつくてから、思い出して志奈さんに渡す為に書いてきた紙を鞄から出した。
「志奈さん、色々考えてきたんですけど。決まらなくて」
薫と幸が一緒に考えてくれた、志奈さんとする『姉妹っぽいこと』一覧表だった。
志奈さんは目を輝かせて一覧を見た。
「へぇ。ショッピングをする、映画に行く、カラオケに行く...」
それを見ていると興味深くオトウサンも覗き込んできた。
「えぇ。二人で出掛けちゃうの?」
眉を下げた様子に、志奈さんは肩を竦めてクスクス笑った。
「お出かけはしてみたいけど、お父様がついてきそうね」
「そ、そうですね」
志奈さんは続きを読んだ。
「勉強を教わる、両親のご飯作りを一緒にする、母の日のプレゼントを一緒に選ぶ…」
それで志奈さんはハッとしたように棚に飾ってあったカレンダーを見た。
「そうね、そう言えば長い間縁がなかったけど、今年からは母の日のお祝いがあるのね」
「はい。それで母の日が、中間考査の直前で帰ってこれないと気がして、この連休にプレゼント出来るといいなと思うんです」
そういうと、志奈さんはなるほど、と頷いた。
「柚鈴ちゃんは去年はどうしたの?」
「その日のご飯の材料を買ってきて作って、それからカーネーションをプレゼントしましたよ」
全て柚鈴のお小遣いからだったので、カーネーションは一輪だったけど、お母さんはすごく喜んでくれた。
「私は学生なので、貰ったお小遣いをあんまり使いすぎるのも申し訳ないので、豪華にはしたくないし出来ないんですけど」
正直言えば、オトウサンが協力してくれれば、いくらでも豪華に出来そうなのだけど、出来れば分相応な母の日にしたかった。なので遠慮がちにそう言うと、志奈さんはそういうものなの、と呟いた。
「それを言うとお父様の父の日は派手なのかもしれないわね。毎年お金は自分が出すからって『カッコいいと思うお父さん』のコーディネートを全身させるんだもの」
「志奈にお金は使わせてないのに、ダメなの?!」
オトウサンは驚いた様に口を開けた。
「今年は柚鈴ちゃんにも選んで貰えると思ったんだけどな」
がっかりと肩を落すオトウサンに何と言えば良いか分からなかった。
確かに子供の方には一円もかからわけだし、選んぶだけでいいのなら、柚鈴にも出来そうではある。
答えを迷っていると柚鈴を止めるように志奈さんが言葉を重ねる。
「柚鈴ちゃん、全身よ全身。靴や小物まで選ばせるんだから時間かかるのよ。一日掛かりなんだから甘くみちゃだめよ」
「そ、それは大変ですね」
その様子から察するに、志奈さんは毎年のそのイベントに、うんざりしている気配があった。
志奈さんが敢えて止めるほどのものなら、迂闊に良いですよ、なんて口には出さない方が良さそうだ。
「お父様は、お母さんに今後は選んで貰ってください」
志奈さんがトドメとばかりに、ふわりと微笑むと、オトウサンはガックリと肩を落とした。
その様子も見届けようともせず、
「そうね、GW中はその計画を立てましょうか」
話を進める志奈さんに、オトウサンは癒しを求めるように美味しそうにお茶を啜ってから、口を挟んだ。
「何だったら家の倉庫の中を見てごらんよ。何か役に立つものがあるかも知れないから。使えそうなものは何でも使っていいよ」
「そうね。後で見てみましょう」
オトウサンのその言葉には頷いて、志奈さんは立ち上がった。
「じゃあ、その前に私は自分の役割を果たさないとね」
力強い言い方で、一瞬何かと思ったが時間から考えて昼ごはんを作るのだろう。柚鈴も立ち上がる。
「手伝います」
「これはダメよ。この日の為に特訓したんだから、譲るわけにはいかないわ」
志奈さんは真剣な目をして言った。
「志奈ちゃんは課題でもしていて」
「お、終わらせて来たんですけど」
小さく呟くが、志奈さんは聞こえていないように台所の方に行ってしまった。
せっかく課題を終わらせてしまったのだが意味はなかっただろうか。
一瞬むなしく思う。
「まあ、志奈が頑張ると言ってるわけだし、柚鈴ちゃんは自由にしていたら?」
オトウサンにのんびり声を掛けられて、一瞬どうしようか考えてしまった。
中間考査も近いのだから、課題とは別に勉強はすべきかもしれない。
うら若き女子高生なのに、それくらいしか思い当たらない。
柚鈴は大人しくリビングのテーブルの上に教科書を開いた。
オトウサンはその背中を目を丸くしてから、一瞬目を彷徨わせて、何事もなかったように経済誌を開いて読み始める。
しばらく、真面目に勉強に取り組んでいると、台所の方からいい匂いがして来る。
頑張って料理をする志奈さんと、いつもは忙しいのに、のんびりとする時間を作って出迎えてくれたオトウサン。
ちょっと前までは他人だった人の中で、家族をしているということが不思議に思えた。
まだ居心地は良いとは言えない。
でも、この家に来たばかりの時に感じた違和感みたいなものは、少し和らいだ気もする。
柚鈴は無言でシャーペンを動かした。
元々、ひたすらに勉強するということは嫌いじゃなかった。
感情がコントロールされて、神経は鋭敏になって行くのに、無に近い気持ちになる。
頭に感情の代わりに知識や、答えへのパターンが入って行って整理されるようだ。
不安なことや嫌なことがあった時は、よくこうして、一心に勉強してきた。
そういう時に集中するのは難しいが、出来れば驚くくらいに平らな気持ちになれた。
心でなく、脳を使っている。
そんな感じがするのだ。
「……ちゃん。柚鈴ちゃん」
呼ばれて、はっと顔を上げると、志奈さんが覗き込んでいた。
集中しすぎて周りの音が聞こえなくなっていたことに気づいて、目を瞬かせた。
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