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第二章 5月‐序
姉妹っぽいこと ★6★
しおりを挟む柚鈴の目から見て、この場所に使えるものなんて全くなさそうだ。世間一般の母の日をしらないだろうか?カーネーション一輪だって親に渡さない不届きものだっているのに、これではそんな類の人達が可愛く思えてしまうじゃないか。
改めて、その場所をぐるりと見渡せば、やっぱりどこを見ても気軽に使って良さそうなものはない。
芸術品、美術品の類も多そうだ。
見渡したことで部屋の片隅には温度調節のためのエアコンがあり、内部は温度管理までされていることに気付いた。
ここは普通の倉庫とは言えない。少なくとも柚鈴の感覚では。
「申し訳ないのですが、ここで志奈さんと姉妹っぽいことは出来なさそうです」
目を細めて呟くと、志奈さんはガッカリしたように肩を落とした。
しぶしぶと外へ出ようとする志奈さんと共に出口の方に向かうと、さっきは見えなかったが扉に近い場所にガラスの大瓶がいくつも並べてあることに気づいた。
高級品ではなさそうで、返って目が行く。
5~6リットルくらいのものが入りそうな、口が大きくて取手がついた瓶がざっと10個程。
場所を取るために置いてあるといった様子だ。
「どうしたの?柚鈴ちゃん」
立ち止まった柚鈴に志奈さんが声を掛けた。
「これなんですか?」
志奈さんは戻って来て、柚鈴の視線の先を確認した。
「広口の密封瓶のこと?」
「密封瓶ですか?」
「ええ。うちでは、そうね。梅干しを漬けたり、梅酒や林檎酒なんかを漬けたりしていれているの。中身が入っているものは家のパントリーに置いてあるわ。随分昔から漬けてあるものもあるのよ」
「へえ」
「梅干しはともかく私たちはお酒は飲めないから、成人したら一緒に飲めるわね」
志奈さんは、将来のことを思い描いたらしく柔らかく微笑んだ。
成人したらお酒が飲める、という言葉は柚鈴にもなんだか楽しそうな印象を抱かせた。
自家製のお酒を家族で飲む、なんて考えたこともなかった。
「良いですね、こういうの」
思わず柚鈴がそう呟くと、志奈さんは一度大きく見開いた。
「そう?じゃあ今年はお酒を作ってみようかしら」
「え?」
「どうせ今漬けたって、すぐに飲めるものじゃないけど。柚鈴ちゃんが我が家に来た年のお酒ということで準備しておいて、私たちが成人したら一緒に飲むの。楽しそうでしょう?」
「あ、はい」
志奈さんの勢いに少しばかり押されながら、でも確かに楽しそうだと柚鈴は頷いた。
柚鈴が同意すると、志奈さんはいよいよ真剣になる。
「長期置いておくならやっぱり梅酒なんだろうけど、梅が手に入るようになるのはもう少し後だったと思うのよね。瓶は出して置いて、梅が手に入ったら、漬けておくことにしましょう」
志奈さんが瓶を一つ手にとった。
「いつ頃なんですか?」
「確かGWは終わった後だったんじゃないかしら。柚鈴ちゃんは帰ってこれないでしょうけど、任せておいて!私が姉として立派に梅酒を作っておくわ」
姉として立派に、梅酒つくり…?
なんというか妙にしっくりこない言葉だが、志奈さんはやる気である。
いや、無駄に私にエネルギーを注ぐよりも、梅酒つくりに熱意を燃やされた方がいいか。
そういった悪い考えが浮かんでしまったので、今回は止めないことにした。
とはいえ、だ。
「母の日について考えてたのに、なんだか悪い気がしますね」
母の日を二人で考える、というのが主題だったのに、二人のお酒つくりの話になってしまっては、柚鈴はその点が申し訳ない気持ちになった。
もちろんお母さんに対して、だ。
「そう?じゃあねえ」
志奈さんは考え込むようにしてから、柚鈴に瓶を手渡す。そしてさらに一瓶自分の手に収めた。
「え?どうするんですか?」
「父の日用に何か漬けておけば良いんじゃないかしら?梅酒だと出来上がるまでに時間がかかるけど、さくらんぼ酒とかなら、今からでも十分に間に合うだろうし」
「そうなんですか?」
「昔、お祖母様に教わったことがあるの。さくらんぼとか苺とか、そういう果実にお酒が染み込みやすいものが良いんですって」
お祖母様。
オトウサンの話を思い出せば、その人は志奈さんの母方の祖母のことだろう。
懐かしむように瓶を撫でた志奈さんは、どうやら以前お酒作りをしたことがあるらしい。
柚鈴にはそういう記憶はない。
お母さんの両親は、柚鈴が小さい頃に他界している。
なので、祖母との思い出を持っている志奈さんは、少し羨ましいように思えた。
「志奈さんのお祖母様って、今はどうされているんですか?」
「お祖母様?私の中学卒業と同時に、お祖父様と田舎に引っ越してしまったの」
じゃあ、いつでも会いに行けるんですね、と言い掛けて口を閉ざした。
その時は多分、志奈さんは柚鈴を連れて行かないだろう。
それは当然のことだけど、なんだか寂しい。
私のお祖母さんではないのだ。
だから仕方ない。
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