拝啓、お姉さまへ

一華

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第二章 5月‐序

一歩、進んで ★11★

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「それじゃあ、行ってきますね」
朝の出勤のお母さんと一緒に電車に乗るために、早朝から準備をして玄関で。
見送りに志奈さんとオトウサンが並んでいる。
「近いんだから、いつでも帰って来なさい」
オトウサンがにっこり笑って、対称的に志奈さんは少し寂しそうに微笑んだ。
「いってらっしゃい」
「はい」
自転車を引いて歩くお母さんについて歩き出して、振り返る。
「志奈さん、梅ジュース楽しみにしてます」
「ええ、任せておいて」
志奈さんが柔らかく笑う。
「それから」

少し緊張するけど。
昨日、ちゃんと完食した志奈さんに、言わなきゃいけないと心に決めて。
まっすぐ志奈さんを見つめた。

「私、上級生のペアは作りません」

そういうと志奈さんはびっくりしたように目を見開いた。
「作らないの?」
「作りません」

どうして?とか。
いいの?とか。

内心そんなことを聞かれてしまったら、どうしようかと思っていた。
なんか恥ずかしいから。
でも志奈さんはただ嬉しそうに笑った。

「そう」
その笑顔に、なんだか安心した。


「いって来ます」
だから安心して、歩き出した。

しばらく行くと家が遠ざかり
風が吹いて、遠くの潮の香りがした気がした。

「どうだった?この休みは」
並んで歩いたお母さんが、聞いてくる。
「どうだったって」
何に関して聞いてるのか、きき返そうとしてやめる。
その質問で思ったこと、全部がなんでも聞きたいんだろうと気づいたから。


ゴールデンウィークのお休みは。
どうだったろうか、考えた。

「思ってたよりお母さんとは過ごしてないかな」
「そうね。ごめんね」
「ううん」
首を振って、気にしないように笑った。
「やっぱり小鳥遊の家は広すぎだし、オトウサンも志奈さんも、ちよっとズレてるし、中々大変だったけど」
お母さんを見つめると、何を言われても変わらない穏やかな表情でこちらを見つめている。

柚鈴は、見えなくなった家を振り返った。
「でも。なんか、ちょっと我が家っぽくなってきたかな」
「ちょっと?」
「うん、ちょっと」
「そう」
ただ相槌を打ったお母さんと、しばらく黙って歩いた。
二人の時間は久しぶりで、それもなんだか嬉しくて。
噛みしめるように、空気を感じた。

「志奈さん、昨日全部食べたね」
「そうね」
「今日、大丈夫かな」
「朝食はちゃんと食べてたから大丈夫じゃないかな」
「そうだね」
「いつもより、辛かったわね」
「あ、うん。つい」
「つい?」
「うん。つい」

お母さんが笑って、私も笑う。
ささやかなやり取りが、なんとなく安心する。
多く語り合う、なんて必要なくて。少し力が抜ける。
言葉にしなくても分かり合えるのが、やっぱり長年の家族だからなんだろうと思った。

長年。少なくとも、私が生きてきた分の年数。
あと10年くらいしてみれば、今度はオトウサンと志奈さんにそう感じるだろうか。
やっぱり、家族だなって。

考えてみると、今はまだ難しい。
そんな答えしかでない。
難しいからこその寮での一人暮らしなんだけど。
それなりに期待してる気持ちがあるんだろう。

私の中の素直でない私が。
他力本願に期待して、何かを待っていたり、逃げてみたり。
少ない容量だけど、受け入れてみたり。

「お母さん」
隣を歩く、自分と似ているその姿に声をかけた。
「なんか家族、増えちゃったんだね」
「そうね」
短く答えたその答えに。

今はそのくらいの気持ちで、いいんだよと言われたような気がした。
そう思うことにした。
少し、少しずつ。
私なりに、この新しい家族を作っていこうと思っている。
今は、それくらいの気持ち。
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