拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、借り物競争はご一緒に 3

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「何、急にどうしたの?」
「あの人が来てないわけがなかったんです!志奈さんはどこですか!!?」
唐突の柚鈴の質問に付いて来ていないが、お構いなしだ。しのさんは絶対に知っているはずなのだ。
でなければ、柚鈴が後悔するはずなんてない。

確かに志奈さんは、来ないと言った。
言ったが、どうしてそれを信じたんだろう。
しのさんがここにいて、幸が来てほしくなかった従妹までいるというのに。
あの人が大人しく大学にいるなんて、ありえない。
あり得るなら、柚鈴の今までの苦労は半分はないはずなのだ。

もはや確信を持った柚鈴が、辺りを見回そうとした瞬間。
背後から急に目隠しをされて、動きが止まった。

「だーれだ」
ソプラノの柔らかな声が響いて、一気に脱力する。
「志奈さん…」
外すわけもない答えを口に出すと、クスクスと笑い声が聞こえた。
「ぶぶー。は~ずれ」

志奈さんは目隠しを外して、柚鈴の両肩に手を置いて覗き込むように顔を寄せた。
「正解は、お姉ちゃん、でしょう?」

…本当に、この人は…いつもぶれない。
いつも通りと言えば、いつも通りすぎる志奈さんの登場に、柚鈴は言葉もない。
どうしてここにいるんですか?とかツッコミ所もあるだろうが、それまでグルグルしていた悩みや勢いと一緒に、色んなものが一気に抜けてしまったようになった。
まさしく、気が抜けた。

ささやかなことなのだ。
この問題の塊というか、台風の目のような人の前では。
もう、なにもかもが些細ささいなことなのだ。
そう思うのが妥当だと思えた。

「柚鈴ちゃん、競技中なのにいいの?」
「良くありません」
「そうよねえ」
のんびりとマイペースに相槌を打つ志奈さんに、目を細めてため息をついた。
そう、良いはずがない。
こんな競技中に、この人と戯れている時間はない。
でも。
さっきまで散々悩み続けて、重くなっていた心が、この気が抜けた瞬間に嘘みたいに軽くなった気がする。

柚鈴はもはや迷いなく志奈の手を掴んだ。
戯れている時間はないのなら、さっさと動き出すしかない。
「一緒に行きますよ」
「え?いいの?」

ようやく驚いたように目を丸くした志奈さんに、少しは意趣返しできたような気になる。

「良くありません」
同じ言葉でもう一度答えた。
良いわけがない。
この人と一緒に走るなんて、その後のことを考えるだけで恐ろしい。
もっとも短絡的で勢いに任せた行動だって、後で必ず後悔するだろう。

それでも分かってしまった。
今のどこかすっきりした気持ちは、その行動が良いんだって思わせてくれている。
結局、柚鈴は自分に嘘をつくのが苦手なんだと改めて気付いた。
一番、嘘をつかなくて済む方法。それが目の前にあれば選びたくなる。

ペアになりたい人。
その答えに一番近い人。
この手を取ることは、もっとも柚鈴が納得がいく答えな気がする。
だから柚鈴ははっきりと言った。

「仕方ないじゃないですか」
「仕方、ないの?」
「仕方ないんですよ!」
掴んだ手に反抗する気持ちなどないだろうに、志奈さんの動きはわざとらしく鈍い。
「なにが、仕方ないの?」

どうしても何かを言わせようとする微笑みを浮かべた志奈さんに、本当にこの人は、と思いつつ、柚鈴は勢い任せに言った。
「あなたが私の姉で、私が妹なことですよ!」
「あら」
それが望んでいた答えだったのかは知らないが志奈さんはとびきり嬉しそうに笑った。
これ以上その顔を見ていたくなくて、もう引きずるように柚鈴は走り出した。

そうして飛び出たために、グラウンドの多くの生徒が、もしかしたらあらゆる人が、小鳥遊志奈に気付いたようだった。
悲鳴まじりの、この日一番のどよめきが起こったのが分かって、走りながら鳥肌が立ってしまう。

「全部志奈さんのせいなんですから!」
「私のせい?」
「そうです。志奈さんのせいです。全部全部全部、志奈さんのせいです!」
「ふふ。嬉しい」

ゴールに向かって走りながら、少々半泣きに柚鈴が叫んでいるのに、志奈さんは心底楽しそうだ。
本当に恐ろしい人だ。
結局、この人の思い通りになってしまってる気がしながら、柚鈴は借り物競争のゴールを決めた。
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