拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、借り物競争はご一緒に 14 

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「お姉さま?」
何も答えない荻原翔子先輩に向かって、東郷先輩は戸惑ったように再度声を掛けた。

助言者メンターである荻原先輩が捕まえている柚鈴を奪って、ゴールに連れて行っていいのかと悩んでいるような雰囲気だ。

「千沙、ごめんなさい。ちょっと混乱しているの。少し時間をくれる?」
「え?あ、は、はい」
そうは言われてもゴールが気になるのだろう。そわそわした様子を隠しきれてはいない。
ちらちらと柚鈴を何度か見たりするので、柚鈴の方も落ち着かない。
言い方は悪いが猛獣の前から逃げれないでいる獲物のようだ。
しかし、どうやら助言者メンターに逆らってまで強引なことはしてくる様子はなかった。

萩原先輩は柚鈴に向かって質問をしてくる。
「あなた、小鳥遊さんと言うの?」
「は、はい…」
「千沙がメンティにしたい相手だったの?」
「え、ええと」
「その通りです、お姉さま。1年東組小鳥遊柚鈴です」
柚鈴が返答に戸惑うと、横からはっきりと東郷先輩が言葉にした。
どうやら萩原先輩は本当にまったく相手の1年生を知らなかったらしい。

「小鳥遊柚鈴さん…」

ゆっくりともう一度、その名前を口にした荻原先輩は、考え込むように目を伏せた。


その時、借り物競争のスタートの合図がした。
6組目、最終組だ。
この組の誰かがゴールをすれば、その後は体育祭実行委員の判断によって、いつ競技が終了するか分からない。

東郷先輩は慌てたように荻原先輩に詰め寄った。
「お姉さま、競技が終わってしまいます。小鳥遊柚鈴を渡してください」
そうは言われても渡されて困るのは柚鈴だ。
東郷先輩から逃げるように一歩身を引く。

「わ、私。東郷先輩のメンティにはなれませんっ」
「私はあなたが考えを変えるまで努力するつもりよ。とりあえずは一緒にゴールをしなくては何も始まらないでしょう?」
「いや、だから。何も始めるつもりが、そもそもないんです」
「そんな頑なな態度はどうかと思うわ」
相変わらず平行線の会話に柚鈴は混乱してしまう。

なんと言われても、柚鈴はペアは常葉学園で作らないと決めているのだ。
東郷先輩がいかに努力しようがそれは変わりようがない。

だって、志奈さんと約束したのだ。上級生のペアは作らないと。
頑なと言われようとなんと言われようと…
柚鈴は、はっきりと叫んだ。

助言者メンターはいりません!私には私だけのお姉さまが既にいますから!!」
志奈さんが聞けば大喜びし、その様子を見て、柚鈴は後悔すること間違いなしだが、出てしまった言葉は仕方ない。
直後に我に返り、志奈さんに聞かれなくて良かった、と心から思ったのが素直でないと言われても構わない。
本当にあの人は調子に乗せてはいけない人だ。
そんなことを考えていることなど知らない東郷先輩は、かんに障ったように、あからさまにムッとしたようだった。
「なにをバカなこと…」
低い声が響いた。だが。
「千沙」

たった一言。
荻原先輩が東郷先輩の名前を呼ぶと、東郷先輩は言葉を途切れさせた。
真っ直ぐに見つめる視線に、みるみる大人しくなり逆らおうとする気配もなくなる。
そんな様子を当然のように受け止めて、萩原先輩は柚鈴を見た。

「柚鈴さん、あなたのお姉さまは志奈さんね?」
「…」
柚鈴はそのストレートな質問に一瞬言葉を途切れさせた。
しかし視線は変わらず真っ直ぐだ。柚鈴は戸惑いつつ頷く。
「…そうです」
「そう」

荻原先輩はにっこり笑った。
「そうだったのね」
何故か、とても嬉しそうに柚鈴には見えた。
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