拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

思い出は輝いて 2 ~荻原翔子の思い出~

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「私、妹が出来るの」

一瞬、何を言われたか分からなかった。
今は生徒会選挙とペアについて話していたはずである。
しかし志奈さんが言った言葉はどれとも違った。
妹、と言ったのだ。

「…妹ですか?」
慎重に翔子が聞き返すと、志奈さんは満面の笑みで頷いた。

「ええ、父が再婚することになってね。相手の方には今中学生のお嬢さんがいるんですって」
「そ、そうなんですか」

妹。
やはり妹で違いがないようだ。
しかも親の再婚で。
かなり明るく話をしてくるが、それはかなりデリケートな問題ではないだろうか。
翔子は混乱しながらどうにか頷いた。

「私もう嬉しくって」
「そ、そうなんですか」
志奈さんの言葉にもう一度同じ言葉を返してしまう。
相手はちっとも深刻そうな雰囲気ではない。
とんでもない幸運が舞い降りた!とでも言わんばかりである。

「ええ。私、常葉学園ではメンティを作れなかったでしょう?もちろんそうしたい相手もいなかったし、望んで生徒会長になったわけだけど、ちょっと後悔してるの」
「後悔?」
「ええ。なんと私、今更気付いたの。ペアが居る人達ってなんか楽しそうで幸せそうなのよね。ああ、少しは人のペアのお世話ばかりじゃなくて、自分自身の相手のことも考えても良かったんじゃないかなって思ってしまってたのよ。ところが!私に妹が出来るのよ。これって素敵なことじゃない?」
急に同意を求められて、翔子は言葉を見失った。

「…すみません。想像がつきません」
正直にその言葉しか出てこない。
志奈さんが、いつもにまして華やいで幸せそうなのは分かるのだが、翔子の発想にはまるでない展開を持っていて、ついていけていない。
…なんだか幸せそう。
と、だけは思う。

志奈さんは翔子の反応が全く気にならないようにウキウキとはしゃいでいる。
「あら、そう?私はず~っと考えてしまってるわ。妹となにしようって。もっと早くに決まってて、もし歳がもっと近かったら、常葉学園でペアになれてたかもしれないのに、なんて考えたら悔しくて仕方ないの」
「志奈さんは、沢山の後輩から慕われてるじゃないですか」
ようやく返せた言葉に、志奈さんはうんうんと頷いた。
「それは勿論、とても光栄な話よ。正直嬉しいわ。でも私は、たった一人に『お姉さま』と呼ばれる気持ちは分からない。翔子ちゃん、どう?たった一人に『お姉さま』と呼ばれるのは」

それは、とても嬉しい。
その言葉が浮かんで、でもだからこそ口にでなかった。
たった一人に『お姉さま』と呼ばれることのない生徒会長に向かって、そんな言葉を言うことは翔子にはできなかった。
だから代わりに言った。
「私は…生徒会長になったとしても、志奈さんのように『全校生徒のお姉さま』にはなれないと思います」

恐らく志奈さんにはお見通しだったのだろう。
翔子の気遣いが。
浮かんでいる笑顔が少し変わったように見えた。

「そう?そして、たった一人のお姉さまでもなくなるのね」
「…意地悪な言い方ですね」

困ってしまった翔子に気付いたのだろう。志奈さんは目線を逸らした。
自嘲しているように見えた。
「だって。私が欲しいものを持っているくせに、簡単に手放してしまおうとしてるんだもの」
「…」
何も言い返せなかった。


「妹が出来ても、私は翔子ちゃんのペアのように学園生活を一緒に過ごしたりは出来ないし、思いでは共有できない」
更に重ねた言葉は、どこか寂しそうだった。
翔子は思わずフォローしたくなってしまう。
「…でも、妹だから出来ることもあるでしょう」
「ええ。妹だから出来ることを、必ず思いつく限り堪能してみせるわ」
「…」

笑顔が返ってきて。
それがまた華やかで翔子は見入ってしまった。
こんな華やかな生き物が、メンティがいることで自分のことを羨ましいと思うと言ったのかと。

とても、とても意外だった。
だからだろう。
今まで考えてもいなかったことが翔子の口から出てしまったのだ。

「志奈さんは、もし私が…生徒会長どころか、生徒会役員にすらならず、助言者メンターとしてのみの3年生を過ごしたらどう思いますか?」
「それは、すっごく羨ましいわね!」
キラキラと輝く、まさに満開の花のような笑みでの返答に。
誰からも憧れられる生徒会長から羨ましがられる、ということに。
翔子自身の中にキラキラしたものが生まれるのを感じてしまった。

生徒会長になろうと思っていた。
それでも、もっとキラキラしたものがあるのなら、それも悪くないと思えてしまったのだ。
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