拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、勝負です! 10 ~姉は強欲に~

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「じゃあ、紫乃舞さん。あなたでしょう?」
「ぇえ?」

岬紫乃舞はわざとらしく驚いたような顔をしてから、ニヤリと笑った。
「私はただ、たまたまうちの料亭にいらした同窓会会長殿に、ちょっとご挨拶しただけだよ。いやあ、まさかそれが原因で、講師が急に休む気になったとは思わないけどね」
しらじらしい態度に、真美子は目を細めた。
それが原因としか思えないではないか、と。

しかし、どんなご挨拶をしたら、こんな風に休講に出来ると言うのだろう。
それはどのように考えても真美子には思いつくことはない流れだ。

小鳥遊志奈と岬紫乃舞。
真美子には理解しがたいことばかりするこの二人は、何故か同窓会会長である御仁とその代理人を務めることのある令嬢に一目置かれている。
恐らく紫乃舞がやったようなことは、方法は多少違えど志奈もやってのれるだろうし、志奈であれば紫乃舞がどのような言葉を使ったか想像もつくのではないかと思えた。

もう少し穿った見方をすれば。
志奈は、紫乃舞が動くことを理解しているからこそ、自分では何もしなかったのではないだろうか、とさえ思う。
真美子が怒ることはしない。
そんな機嫌を取るような言い方をしながら、結局物事が思い通りにいくことを知っている。
そういった性質の悪いところがあるのだろうと、どこか確信しているのだ。

真美子の視線に、紫乃舞はクスクスと笑ってから肩を竦めてみせた。
「本当に大したことはしていないさ。ただ、志奈がいなくなってから、高等部は退屈だって仰っていたから、自分で急に思いついたんじゃないのかね」
「いくらなんでもそれは無理があるわ。それに高等部からいなくなったっていっても、まだ数か月しかたってないわ」
「それだけ楽しい時間を過ごされてたってことだろう?まあ、おかげで真美子サンが気にされていたような形で私は大学をサボらず済んだし、志奈も体育祭に参加することが出来、そして同窓会会長殿も久々に楽しい時間でご機嫌。生徒会メンバーも大助かりってね」
あくまでも自分は白、もしくはグレーといった体裁を保とうとする紫乃舞に、真美子はしらっとした気持ちのまま、一言わせてもらう。
「…紫乃舞さん。午前の授業も遅刻されてなかったかしら?」
「ああ、ちょっと同窓会長殿に差し入れるお弁当づくりが手間取ってね」
「……」
紫乃舞は悪びれもない。
…結局、今日は休講になると思っていたんじゃない。
いっても無駄であるが、目が口ほどに物を言うのだろう。
真美子の視線に、紫乃舞は口元を歪めた。

「その目、たまらないねえ。こんな風にじゃれあえるのも、今だけだと思うと切ないことで」
「あなたが言うと、全く本音に聞こえないわ」
「おやまあ。これでも真美子とは随分長い付き合いじゃないのさ。特別な感情が湧いていたって、何もおかしいことじゃないだろう?」
「あら。特別な感情を持つのに必要なのは時間だけじゃないわ」
聞き捨てならない、とばかりに志奈は口を挟んだ。

「私は二人に会ったのは高等部に入ってからの新参者ですけど、負けるつもりはないもの」
「負けるって、なんの話をしているのよ」
真美子が思わず聞き返すと、志奈はあっさりと答える。

「友情の話でしょう?」
「……」
真美子は絶句した。
すると、ニヤリと笑った紫乃舞が楽しそうに乗ってくる。

「そうそ。私たちお友達でしょう」
「勘弁してちょうだい」
頭をかかえた真美子を、志奈はにっこり笑って見つめる。
それからふと寂しそうな光を宿してから、何事もなかったようにグラウンドを見つめる。

「さあ、どんな無茶なお願いごとをしようかしら」
弾んだ声が歌うように漏れた。

『賭けになんて乗るんじゃなかった』
どうせならそんな風に後悔する柚鈴の姿が見たい。
機嫌よく悩む志奈の笑顔で5月の体育祭は終了していくのである。
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