拝啓、お姉さまへ

一華

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第四章 6月

子羊の悩みは尽きなくても 6

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1年東組の教室の前に現れた東郷先輩に呼びつけられ、その顔を見た時。
柚鈴はまず「しまった」と思った。
この人のことを忘れていたのだ。

こんなにも存在感があるというのに。
柚鈴にとっては悪い意味合いの方で、ではあるが。

そしてその人は、今はいつになくどこか静かで、逆に怖い。

ついて来るようにと目線だけで促し、柚鈴を人通りの少ない階段下まで連れ出すと。
「どういうことなのかしら?」
声を張り上げるわけでもなく、東郷先輩は低く短く問うた。
それが逆に詰問きつもんでもされているようで、柚鈴は自分が震えたのを感じた。

「え、ええと」
「なんのことか、なんて言わないでね」
微かに笑っただろうか。
それとも引きつっただけだろうか。
判断に難しい微妙な顔の変化を見せる東郷先輩から、視線を小さく逸らした。

「あ、あの。せ、生徒会のお手伝いの件、でしょうか?」
「ええ」

柚鈴の襟元を見るような視線を感じて、思わずそこにあるバッチを手で隠してしまう。
意味のないことだろうが条件反射だ。
今、思いきりやましいという顔をしているに違いない。
東郷先輩がどう感じているのかまでは分からないが、隠しきれない感情が確かに柚鈴にはあった。

嘘をついているだけでも心苦しいのに、その嘘をするどく糾弾出来る人の前にいるのだ。
動揺しないわけがない。

ふう、とため息が聞こえた。
「たしかに私は一方的にペアの申し出をしているだけかもしれないけど、せめて一声頂いても良かったかと思うのよね」
「そ、そうですね」
ごもっともすぎて、柚鈴は言葉が選べない。
東郷先輩は、先日柚鈴を庇ってくれたし、助言者メンターになりたい、と言っていたのはまぎれもない事実だ。

例え、生徒会のお手伝い、というのが、その場しのぎの話であったとしても。
例え、お断りの話をして、その後の大波乱が予想されても。

東郷先輩には一声あってもいい、というのは確かにその通り。
今回のことが本当でないため、東郷先輩のことまで考えが及んでいなかった。
今の柚鈴には言い訳の言葉もない。

だが。
今となって。
「生徒会のお手伝いの話はその場しのぎの話なので、東郷先輩は気にしないでください」
なんて言うのもおかしいだろう。
そもそも柚鈴は東郷先輩とペアになるつもりもないのだ。
では、どうすべきなのか。
…全くわからなかった。

「それとも何かしら」
東郷先輩は、柚鈴の困惑を皮肉るように、ふっと笑った。
「生徒会のお手伝いをしても、別にペアを作ってはいけない、というわけでないから、私には声を掛けなかったのかしら?」
「え…」
「つまり私にはまだチャンスがあるってことね?」

そ、その考え方があったか!なんて前向きなんだろう。
そもそも柚鈴は『生徒会のお手伝い』自体、することになってないのだ。
だからペアを作ってはいけないというわけではない。
つまり、間違いではない。

「……」
「……」

その通りです。チャンスがあります!などという言葉は決して出ない。
思わず固まってしまった柚鈴に、東郷先輩はため息をついた。
「何も言わない、ということは、好きに解釈させてもらうわ」
「え、そ、それは…」
「じゃあ、何かきちんとした説明が貰えるのかしら?」
「え、ええと。それは、その。…すみません」
「何の謝罪なのか、わからないわね」

それは、柚鈴自身も分からなかった。
答えに窮してしまう。

「私は諦めない、ということは変わらないんだから」
「…」

東郷先輩の意地のような言葉に、返す言葉はもはや見つからなかった。
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