柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 27】

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 流れる雲に、ぼんやりと想いを馳せていると、どこからか、なんとも奇怪な鳴き声が聴こえてきた。
 吾輩は耳をそばだてる。

「アーゴ、ファーゴォ!」

 この、魑魅魍魎としか思えない鳴き声は――

「ファーゴ、アーゴォ!」

 そう、猫である。

(また始まったか……)

 季節は春である。
 春ともなれば、猫もサカリがつくのである。

「アーゴ、アーゴォ!」

 その奇怪極まりない鳴き声が、人間の赤ん坊の泣き声に似ているのはなぜであろう。
 真紀がまだ赤ん坊のころの泣き声とそっくりなのだ。

「アーゴォ、ファーゴォ。カーッ!」

 ゴン、ガラガラ、ガラーン!

 鳴き声とともに、何かが崩れる音がした。
 猫はどこにでも入りこむから、きっと近所の物置かどこかだろう。
 メス猫が、オス猫から逃げているのだ。
 きっと、そうに違いない。
 それにしても、猫のオスは大変である。
 メス猫は、オス猫のアプローチをなかなか受け入れない。
 あしらっては逃げ、逃げてはあしらう。
 例えば、

「な、頼むよ。オレの想いを受け止めてくれ」

 オス猫がそう言うと、

「なにそれ。超ウケるんですけど」

 と、メス猫があしらう。
 オス猫はそれにめげず、

「ふたりで愛を育もう」

 そろそろと近づいていけば、

「ヤダ、ちょっとキモい、近づかないでよ。だれがアンタなんかと愛を育むもんですか。どっか行って!」

 とメス猫が突き放す。
 それでもオス猫はめげない。

「そんなこと言わずに、お願いだから。ね、すぐに済むし、やさしくするからさ。ほんとにほんとに、一生のお願い。オレの遺伝子を残したいんだよ」

 必死に懇願し、なおも近づいていく。

「だから、ヤダって言ってるでしょ! キモい、寄るな、来るな!」

 メス猫は背の毛を逆立て、鉤爪を立てて威嚇する。
 そして、

「アーゴ、ファーゴォ、カーッ!」

 となるのだ。
 メス猫は逃げに逃げ、オス猫はどこまでも追いかけていく。
 そうしながら愛を育むに至るのであるから頭が下がる。
 まったくもって、自然の法則とは厳しいものなのである。
 種族は違えど同じオスとして、吾輩は賛辞を贈りたい。

(オス猫よ、がんばれ!)

 と、そこへ、サラが血相を変えて門の下をくぐってくると、大慌てで吾輩の犬小屋に入りこんだ。

「どうした、サラ」

 吾輩はきょとんとして訊いた。

「どうしたもこうしたもないのよ。とにかく匿(かくま)って」

 サラは、犬小屋の奥へと身を潜める。

「匿(かくま)う? わけがわからん」
「いいから、少しのあいだだけよ。それにしても、臭いわねここ」
「臭くて悪かったな」

 吾輩はカチンときた。
 すると、塀の上に一匹の猫が姿を現した。
 茶毛のオス猫である。

(なるほど、そういうことか……)

 吾輩はすぐに理解した。
 さっきの鳴き声の正体は、このサラだったのだ。
 そして、追いかけていたのが、このオス猫ということだ。
 オス猫は、塀から下りてきて、吾輩から距離をおきながら辺りを窺いつつ、

「やあ、旦那。ここにメス猫が入ってきませんでしたか。黒猫なんですがね」

 オス猫は、ヘラヘラとへりくだったようにそう言った。
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