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【Episode 28】
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「黒猫? 黒猫ねえ」
吾輩は、小首を傾げて見せた。
何も、サラを匿(かくま)う義理などないのだが、そのオス猫のへりくだった態度が気に入らないので、ここはとりあえずとぼけることにした。
「そんな旦那、ふざけてもらっては困りますよ。あっしは確かに見たんです。この家の門をくぐって入っていくところをね」
その物言いに、吾輩は腹が立った。
「おまえ、いきなり入ってきて、名も名乗らずになんだ。礼儀というものを知らないのか」
「あ、こりゃあどうも。そうですよね。ここは旦那のテリトリーだ。そこへ、あっしのような猫が、いきなり入ってきたら腹を立てるのも当然です。失礼いたしやした。オレはポン吉ってもんです。以後、お見知りおきを」
オス猫は名を告げた。
「ポン吉か。いい名じゃないか」
その名に、吾輩は親近感を覚えた。
「そうですかい? ですが、あっしは飼い主に棄てられた身ですから、名はあってないようなもんです。ですが、こうして旦那と会ったのも縁ってもんだ。これからも、旦那には何かと力添えしてもらうことがあるかもしれやせん。明日にでも、どこからか鶏肉でも調達してきましょう。それで今日のところは眼を瞑っていただいて、黒猫の居所をどうか思い出してもらえませんかね」
鶏肉と聞き、吾輩はとたんによだれが溢れ出した。
それならば話は別だ。
サラを匿う理由もないのだから。
「あ、思い出した」
「思い出しましたか、旦那。どこです? 黒猫は」
「うん。吾輩の犬小屋の中」
吾輩は、あっさりとサラの居所を明かした。
「なんだ、そんなところに隠れていたんですかい。それじゃ、旦那。失礼させていただきますよ」
ポン吉は、吾輩の横を悠々と歩き、犬小屋を覗きこんだ。
「なんだ、子猫ちゃん。こんなころに隠れてたのかい。悪いようにはしないから、さあ、おとなしく出ておいで」
「だれが出て行くもんか! って言うか、ゴン太! アンタ、裏切ったわね!」
サラが犬小屋の中から叫ぶ。
「人聞きの、いやいや、犬聞きの悪いことを言うな。吾輩にはおまえを匿う義理はないんだから、裏切ったもなにもないだろう? それに、これはおまえたち種族の問題であって、吾輩には関係がない。春なんだし、おまえも子作りに励んだらどうだ」
吾輩は犬小屋に背を向けたまま言った。
「あとで、憶えてなさいよ。能なしゴン太!」
「フン」
吾輩はシカトする。
「あの、旦那。中に入ってもいいですかい」
ポン吉が訊くので、
「どうぞどうぞ、ご自由に」
と、吾輩は勧めた。
「ちょっと、入って来ないでよ。ヤダ、来るな、キモい。キモいって! ゴン太、助けて!」
助けを求められて心が痛むが、これも自然の法則である。
ポン吉の子孫繁栄がかかっているのである。
「こら、来るなって言ってるでしょうが。やめろ、触るな、カーッ! ゴン太、お願いだから、助けて! もう、能なしなんて言わないし、『吾輩は』って使ってもいいから!」
(聴こえない、聴こえない、わーわーわー)
「私たちは、家族でしょ!」
こんなときだけ、家族も何もないだろう。
「もう、わかったわ。だったら、昨日、隣の内山さんのおばあちゃんが、食べ残しだからって、私に鶏の唐揚げをくれたのよ。私はまだ食べてないから、それをあげるわ!」
吾輩の耳がピクリと動いた。
「鶏の唐揚げ」という言葉が、頭の中でこだまする。
鶏の唐揚げといえば、ケンタのチキンと兄弟のようなものではないか。
ポン吉も鶏肉を調達してくると言っていたが、ただの鶏肉よりは、鶏の唐揚げのほうが断然いいに決まっている。
吾輩はすぐさま身を翻す。
「おい、やめるんだ」
正義の味方の登場だ。
「彼女が嫌がっているじゃないか」
「旦那、いまさらそれはないや」
「いまさらもクソもない。問答無用!」
吾輩はポン吉のシッポに噛みつき、犬小屋から引きずり出した。
「旦那、ひでえなァ。シッポに噛みつくなんてよ」
「いいから、我が家から出ていけ」
「そんな、約束が違いますよ」
「おまえと約束をした憶えはない」
「ケッ、なんだい! 食い物でころころ変わりやがってよ。ふざけんな、バカ犬!」
「なに!」
吾輩は牙を剥いて唸る。
瞬時にポン吉は、うしろへと飛び退く。
「おっと、アンタとやり合う気はないぜ」
そう言うと犬小屋に眼を向け、
「子猫ちゃん。今度会うときは、今日みたいにはいかないからな。あばよ」
と、棄てぜりふを吐き、塀の上に駆け登って去っていった。
吾輩は、小首を傾げて見せた。
何も、サラを匿(かくま)う義理などないのだが、そのオス猫のへりくだった態度が気に入らないので、ここはとりあえずとぼけることにした。
「そんな旦那、ふざけてもらっては困りますよ。あっしは確かに見たんです。この家の門をくぐって入っていくところをね」
その物言いに、吾輩は腹が立った。
「おまえ、いきなり入ってきて、名も名乗らずになんだ。礼儀というものを知らないのか」
「あ、こりゃあどうも。そうですよね。ここは旦那のテリトリーだ。そこへ、あっしのような猫が、いきなり入ってきたら腹を立てるのも当然です。失礼いたしやした。オレはポン吉ってもんです。以後、お見知りおきを」
オス猫は名を告げた。
「ポン吉か。いい名じゃないか」
その名に、吾輩は親近感を覚えた。
「そうですかい? ですが、あっしは飼い主に棄てられた身ですから、名はあってないようなもんです。ですが、こうして旦那と会ったのも縁ってもんだ。これからも、旦那には何かと力添えしてもらうことがあるかもしれやせん。明日にでも、どこからか鶏肉でも調達してきましょう。それで今日のところは眼を瞑っていただいて、黒猫の居所をどうか思い出してもらえませんかね」
鶏肉と聞き、吾輩はとたんによだれが溢れ出した。
それならば話は別だ。
サラを匿う理由もないのだから。
「あ、思い出した」
「思い出しましたか、旦那。どこです? 黒猫は」
「うん。吾輩の犬小屋の中」
吾輩は、あっさりとサラの居所を明かした。
「なんだ、そんなところに隠れていたんですかい。それじゃ、旦那。失礼させていただきますよ」
ポン吉は、吾輩の横を悠々と歩き、犬小屋を覗きこんだ。
「なんだ、子猫ちゃん。こんなころに隠れてたのかい。悪いようにはしないから、さあ、おとなしく出ておいで」
「だれが出て行くもんか! って言うか、ゴン太! アンタ、裏切ったわね!」
サラが犬小屋の中から叫ぶ。
「人聞きの、いやいや、犬聞きの悪いことを言うな。吾輩にはおまえを匿う義理はないんだから、裏切ったもなにもないだろう? それに、これはおまえたち種族の問題であって、吾輩には関係がない。春なんだし、おまえも子作りに励んだらどうだ」
吾輩は犬小屋に背を向けたまま言った。
「あとで、憶えてなさいよ。能なしゴン太!」
「フン」
吾輩はシカトする。
「あの、旦那。中に入ってもいいですかい」
ポン吉が訊くので、
「どうぞどうぞ、ご自由に」
と、吾輩は勧めた。
「ちょっと、入って来ないでよ。ヤダ、来るな、キモい。キモいって! ゴン太、助けて!」
助けを求められて心が痛むが、これも自然の法則である。
ポン吉の子孫繁栄がかかっているのである。
「こら、来るなって言ってるでしょうが。やめろ、触るな、カーッ! ゴン太、お願いだから、助けて! もう、能なしなんて言わないし、『吾輩は』って使ってもいいから!」
(聴こえない、聴こえない、わーわーわー)
「私たちは、家族でしょ!」
こんなときだけ、家族も何もないだろう。
「もう、わかったわ。だったら、昨日、隣の内山さんのおばあちゃんが、食べ残しだからって、私に鶏の唐揚げをくれたのよ。私はまだ食べてないから、それをあげるわ!」
吾輩の耳がピクリと動いた。
「鶏の唐揚げ」という言葉が、頭の中でこだまする。
鶏の唐揚げといえば、ケンタのチキンと兄弟のようなものではないか。
ポン吉も鶏肉を調達してくると言っていたが、ただの鶏肉よりは、鶏の唐揚げのほうが断然いいに決まっている。
吾輩はすぐさま身を翻す。
「おい、やめるんだ」
正義の味方の登場だ。
「彼女が嫌がっているじゃないか」
「旦那、いまさらそれはないや」
「いまさらもクソもない。問答無用!」
吾輩はポン吉のシッポに噛みつき、犬小屋から引きずり出した。
「旦那、ひでえなァ。シッポに噛みつくなんてよ」
「いいから、我が家から出ていけ」
「そんな、約束が違いますよ」
「おまえと約束をした憶えはない」
「ケッ、なんだい! 食い物でころころ変わりやがってよ。ふざけんな、バカ犬!」
「なに!」
吾輩は牙を剥いて唸る。
瞬時にポン吉は、うしろへと飛び退く。
「おっと、アンタとやり合う気はないぜ」
そう言うと犬小屋に眼を向け、
「子猫ちゃん。今度会うときは、今日みたいにはいかないからな。あばよ」
と、棄てぜりふを吐き、塀の上に駆け登って去っていった。
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