柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 30】

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「ゴン太、ひとりでブツブツなにを言ってるのよ。それに、なんなのそれ? もしかしてダンス? それとも、退屈すぎて、ついにオツムがイカレちゃったの?」

 吾輩に眼を向けるなり、サラが言った。

(むむむ……)

 どうしてコイツは、こういう憎まれ口を叩くことしかできないのだろうか。

「うるさい、なんだっていいだろ」
「そうね、アンタのオツムがイカレようが、私の知ったことじゃないわ」

 サラはシッポの先をふって門に向かう。
 まったく、減らず口を叩くことしか知らぬやつである。

「どこへ行く」

 吾輩がそう訊くと、

「どこへ行こうと、アンタの知ったことじゃないわ」

 サラはつっけんどんにそう返した。

「っておまえ、ポン吉がまだ近くにいるかもしれないだろ?」
「あら、心配してくれてるの? 私たち種族のことは関係ないんじゃなかったかしら」
「いや、あれは……」

 吾輩は返す言葉もなかった。

「大丈夫よ。アイツがいそうなところには行かないから」
「だったら、吾輩は知らないぞ。また襲われても、今度は助けてやらないからな」
「どうぞ、おかまいなく」

 サラは悠然と門の外へ出ていった。

 あー、そうかよ……。

 今度こそ、ポン吉の餌食になってしまえばいいのだ。
 また逃げてきても、絶対に助けてなどやるものか。
 食い物の恨みは恐ろしいということを思い知ればいいんだ。
 サラにとっても、いい薬になるだろう。
 思えば、鶏の唐揚げに釣られたことが悔やまれてならない。
 サラを助けたりしなければ、鶏肉はゲットできたのだ。
 だが、ただの鶏肉と鶏の唐揚げを天秤にかければ、だれであっても鶏の唐揚げを選ぶであろう。
 それが自然な反応 というものだ。
 要するに、嘘をついたサラが悪いのである。

 もう絶対に、アイツを信じたりするものか……。

 それにしても、鶏の唐揚げとは、いったいどんな味がするのであろうか。
 吾輩はまだ一度として食したことがない。
 ケンタのチキンのように、鶏肉を油で揚げたものであるというのは知っているが、果たしてどのようなものであるのか。
 吾輩は、この世の中にケンタのフライドチキンに勝る食べものはないと、そう思っている。
 なぜならば、吾輩は、いいかげん食い飽きたドッグ・フードとケンタのチキン、そして大ママがくれるビスケット以外に食したことがないのだ。
 なんという犬生(けんせい)であろう。
 残りの犬生、ケンタのチキン以上のものを口にすることはできるであろうか。
 絶望に打ちひしがれ、そんな中で、鶏の唐揚げというワードが脳裡をかすめてゆく。

 鶏の唐揚げか……。

 ふと、想像しただけで、またしてもよだれが溢れ出てきた。 
 やはり、自由に外へ出ていけるということはいいものである。
 拘束された我が身は、すぐ隣の内山家にいくことすらできない。
 サラのように、内山のおばあちゃんに挨拶のひとつもできれば、吾輩とてなにかしら、おすそわけにありつくことができるであろうに。
 それを思うと無念この上ない。
 なぜにサラばかりが、いい思いをするのか。
 つくづく恨めしい限りである。
 仕方がないので、ここで一句。

 いつの日か 鶏の唐揚げ 食べてみたい――

 字余り。
 なんとも情けない句に、我ながら才のなさを思い知らされる。
 と、耳の裏が痒いので、うしろ脚でひと掻きする。
 そしてまた、律儀に吾輩を待っているのは、退屈だけであった。
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