バタフライ~復讐する者~

星 陽月

文字の大きさ
33 / 70

チャプター【032】

しおりを挟む
「組織は、あの子をどうする気だ」

 蝶子は市川を睨みつけた。

「蝶子さん。あなたは、なにか勘違いをなさっているようですね」

 市川が言う。

「勘違いだと?」
「ええ。組織はなにも、あの子を実験台の上で切り刻もうとしているわけではありませんよ」
「なら、なんだ」
「あの子を救おうとしているのです」
「救う?」
「そうです。いまでは、組織の研究も躍進しましてね。遺伝子の暴走を止める治療薬が、開発されたのですよ。完全に異形人になってしまっては無理ですが、あの子のように、遺伝子の暴走が一定の期間ストップし、潜伏してしまうケースには有効な治療薬なのですよ。そのうえ、遺伝子の暴走を止めるだけでなく、その遺伝子を正常のレベルにもどすことも可能なところまできています。それだけに、まだ異形人の完全体に変異していないあの子の存在は、必要不可欠なのです。あの子を救うことは、同時に人類をも救うことになるのですから」

 そう聞いて得心がいったのか、蝶子は肩の力を抜いた。
 太刀を、背の鞘に収め、

「それで、父親にはどう説明したんだ」

 改めるように訊いた。

「説明などしていません」
「なに? 説明もせずに、どうやって」
「秘密裏に、ラボまで搬送しました」
「なんだと。それじゃ、誘拐じゃないか」
「まあ、そうかもしれませんが、しかたがありません。組織の存在を明かすわけにはいきませんからね」

 市川は坦々と言った。

「人ひとりを誘拐して、それを、しかたがありません、だと?」
「蝶子さん。あなたは感情に流されすぎです」

 市川は、呆れたというようにため息をついた。

「いいですか、いまも言いましたが、あの子を救うことは、人類を救うことなのです。それに、あの子が異形人の完全体に変異してしまってからでは遅い。確かに父親からすれば、とつぜん娘がいなくなったことに狼狽するでしょう。ですが、いまのこの世界では、そんなことは日常のことです。まだ完全に変異していないあの子は、やはり異形人の餌でしかない。それならば、組織のラボにいたほうが安全というものではないですか」
「――――」

 詭弁だ、と蝶子は思った。
 しかし、そう思いながら、蝶子は言葉を返せなかった。
 それは、美鈴のことを考えたからだ。
 どんなに言い繕おうが、人ひとりを誘拐して、それを正当化することなどできはしない。
 だが、市川の言うように、組織のラボにいれば美鈴が安全なのは確かだ。
 そのうえ、美鈴の遺伝子が正常のレベルにもどる可能性もあるという。
 それを思うと、市川の言うことに反論はできなかった。

「あなたが、あの子のことに関して、感情的になるのもわからなくはありません。おなじ年頃だった妹さんを喪っているのですからね。しかし、それでは困るのですよ。この先、あの子の、いや、妹さんとおなじ年頃の異形人と遭遇したとき、平常心で駆除できないようではね」
「そんなことは、わかっている」

 それ以上は言うなというように蝶子は市川を睨み、背を向けた。

「異形人とあらば、駆除するさ。それが、たとえあの子であったとしてもな」

 そう言うと、その場を歩き去った。
 市川はもう何も言わず、蝶子が薄闇に消えるまで、その背を見送っていた。

「そうであってほしいものですね」

 市川は車へともどり、乗りこんだ。
 エンジンを掛けるとともに、ヘッドライトが前方の薄闇を切り裂いた。

「とはいえ、あの子とはもう二度と、会うことはないでしょうが」

 笑みを浮かべたままぽつりと言うと、市川は瓦礫の中へとアクセルを踏みこんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...