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【第40話】
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なんと聡明な少年だろうか。
高木はできるだけ「死」という言葉を使わずに避けたのだが、少年のほうがその死というものをしっかりと受けとめている。
いまだに己の死と向き合わず、往生際の悪い高木とはまったくもって大違いである。
そんな聡明な少年に、高木は好感を覚えた。
「君の名前は?」
この出会いもひとつの縁であるなら、子供だとはいえ名を訊くのも礼儀というものだろう。
すでに高木のほうでは名乗っている。
「倉本康太郎(くらもとこうたろう)です」
少年はしっかりと名を告げた。
まるで総理大臣のような名であるが、その子供とは思えない落ち着いた態度と聡明さは、よほど育ちがいいのだろう。
髪はきっちりと7・3になでつけられ、身なりを見みれば、生地のいい白いシャツに紺の短パンといった服装である。
そのうえ、真っ白なソックスと履いているのは革靴で、どうみても名門小学校の生徒といった感じだった。
だが、全体的にどこか時代がかったものを感じさせるのは気のせいだろうか。
「康太郎くんか、いい名前だ。齢はいくつだい?」
齢を訊くのも変なものだが、名を訊けば齢も訊きたくなるのが自然というものだ。
「8歳です」
その齢を知り、高木はたまらなくなった。
8歳といえば娘のゆかりとおなじ齢である。
まだ遊びたい盛りであろうに、まさに無常というほかはない。
思わず抱きしめてやろうとし、そのとき、高木はふと思いつくことがあった。
この住宅地に少年が住んでいたとするなら、ゆかりと一緒に小学校へ通っていたかもしれない。
そうだとすれば、ゆかりの家を知っていてもおかしくはないだろう。
「君は、この近所に住んでいるのかい?」
その問いに、少年はまたも高木を真っ直ぐに見上げた。
「だから、おじさん。ボクは死んじゃったんだから、もう住んでいる家なんてないよ。それに、さっきからボクに訊ねてばかりだね」
「あ、ごめんごめん。そんなつもりじゃないんだ。実はさ、おじさんには君とおなじ齢の娘がいてね。ずっと離れて暮らしていたから会いにきたんだよ。だけど、住んでいる家がどこにあるのかわからなくなってしまったんだ。名前は高木ゆかりっていうんだけど、君は知らないかな」
そう言ってから、また訊ねてしまっていることに気づく。
「あ、また訊ねてしまったね。ごめんよ」
高木は頭を掻いた。
「そういう理由ならいいよ。だけどおじさん。そのゆかりちゃんて子に会いたい気持ちはわかるけど、それは無理なことだよ」
「無理なこと?」
そう訊き返し、だがすぐに高木はその意味を理解した。
魂となったいまは、もう会うことはできないんだよ、と少年は言っているのだ。
少年はその現実を痛いほど知っているのだろう。
少年自身、もうなんどとなく両親に会いに行き、すぐそばで、母と父をなんどもなんども呼んだに違いない。
だがその声は両親には届かず、触れることも温もりを感じることもできずに、少年はずっと悲しみに昏れていたのだ。
それを思うと、存在しない高木の胸は潰れ、これまた存在しないはずの涙がこみ上げた。
その涙を拭いながら、
「そうだな。君の言うとおりさ。わかっているけど、それでもおじさんは、どうしても娘に会いたいんだ」
高木は心の丈を口にした。
その想いは少年にもわかるはずだ。
「おじさんはその子のこと、すごく大切に想っているんだね」
少年は眼を伏せ、また悲しい顔をした。
「大丈夫。君のおとうさんおかあさんだって、君を大切に想っているよ。心から君のことを愛してる」
言った言葉は、とても辛すぎた。
その言葉がどれほどの慰めになるというのか。
少年はまだまだ親に甘えたい年頃だろう。
生きていたなら、親の愛に包まれ、その愛を全身で感じたことだろう。
それなのに、死がそれを引き裂いてしまった。
高木はそっと少年の肩を抱いた。
「おじさん、やさしいんだね」
その言葉に、高木は眉根を寄せて眼を瞑る。瞼が涙でにじむ。
「そんなことないさ。おじさんは自分の娘をずっとほったらかしにしたんだ。それを死んでから会いにくるなんて、最低じゃないか」
まさにそのとおりだ。
5年ものあいだ、一度も会いに来なかった父親なんて、やさしさのかけらもない。
ゆかり……。
抱きしめる腕に力がこもる。
少年の肩はとても細かった。
高木はできるだけ「死」という言葉を使わずに避けたのだが、少年のほうがその死というものをしっかりと受けとめている。
いまだに己の死と向き合わず、往生際の悪い高木とはまったくもって大違いである。
そんな聡明な少年に、高木は好感を覚えた。
「君の名前は?」
この出会いもひとつの縁であるなら、子供だとはいえ名を訊くのも礼儀というものだろう。
すでに高木のほうでは名乗っている。
「倉本康太郎(くらもとこうたろう)です」
少年はしっかりと名を告げた。
まるで総理大臣のような名であるが、その子供とは思えない落ち着いた態度と聡明さは、よほど育ちがいいのだろう。
髪はきっちりと7・3になでつけられ、身なりを見みれば、生地のいい白いシャツに紺の短パンといった服装である。
そのうえ、真っ白なソックスと履いているのは革靴で、どうみても名門小学校の生徒といった感じだった。
だが、全体的にどこか時代がかったものを感じさせるのは気のせいだろうか。
「康太郎くんか、いい名前だ。齢はいくつだい?」
齢を訊くのも変なものだが、名を訊けば齢も訊きたくなるのが自然というものだ。
「8歳です」
その齢を知り、高木はたまらなくなった。
8歳といえば娘のゆかりとおなじ齢である。
まだ遊びたい盛りであろうに、まさに無常というほかはない。
思わず抱きしめてやろうとし、そのとき、高木はふと思いつくことがあった。
この住宅地に少年が住んでいたとするなら、ゆかりと一緒に小学校へ通っていたかもしれない。
そうだとすれば、ゆかりの家を知っていてもおかしくはないだろう。
「君は、この近所に住んでいるのかい?」
その問いに、少年はまたも高木を真っ直ぐに見上げた。
「だから、おじさん。ボクは死んじゃったんだから、もう住んでいる家なんてないよ。それに、さっきからボクに訊ねてばかりだね」
「あ、ごめんごめん。そんなつもりじゃないんだ。実はさ、おじさんには君とおなじ齢の娘がいてね。ずっと離れて暮らしていたから会いにきたんだよ。だけど、住んでいる家がどこにあるのかわからなくなってしまったんだ。名前は高木ゆかりっていうんだけど、君は知らないかな」
そう言ってから、また訊ねてしまっていることに気づく。
「あ、また訊ねてしまったね。ごめんよ」
高木は頭を掻いた。
「そういう理由ならいいよ。だけどおじさん。そのゆかりちゃんて子に会いたい気持ちはわかるけど、それは無理なことだよ」
「無理なこと?」
そう訊き返し、だがすぐに高木はその意味を理解した。
魂となったいまは、もう会うことはできないんだよ、と少年は言っているのだ。
少年はその現実を痛いほど知っているのだろう。
少年自身、もうなんどとなく両親に会いに行き、すぐそばで、母と父をなんどもなんども呼んだに違いない。
だがその声は両親には届かず、触れることも温もりを感じることもできずに、少年はずっと悲しみに昏れていたのだ。
それを思うと、存在しない高木の胸は潰れ、これまた存在しないはずの涙がこみ上げた。
その涙を拭いながら、
「そうだな。君の言うとおりさ。わかっているけど、それでもおじさんは、どうしても娘に会いたいんだ」
高木は心の丈を口にした。
その想いは少年にもわかるはずだ。
「おじさんはその子のこと、すごく大切に想っているんだね」
少年は眼を伏せ、また悲しい顔をした。
「大丈夫。君のおとうさんおかあさんだって、君を大切に想っているよ。心から君のことを愛してる」
言った言葉は、とても辛すぎた。
その言葉がどれほどの慰めになるというのか。
少年はまだまだ親に甘えたい年頃だろう。
生きていたなら、親の愛に包まれ、その愛を全身で感じたことだろう。
それなのに、死がそれを引き裂いてしまった。
高木はそっと少年の肩を抱いた。
「おじさん、やさしいんだね」
その言葉に、高木は眉根を寄せて眼を瞑る。瞼が涙でにじむ。
「そんなことないさ。おじさんは自分の娘をずっとほったらかしにしたんだ。それを死んでから会いにくるなんて、最低じゃないか」
まさにそのとおりだ。
5年ものあいだ、一度も会いに来なかった父親なんて、やさしさのかけらもない。
ゆかり……。
抱きしめる腕に力がこもる。
少年の肩はとても細かった。
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