幽霊になっても、俺は娘に逢いにゆく

星 陽月

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【第43話】

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「川で……。そうだったのか。さぞ苦しかっただろうな」

 高木は頬の涙を拭った。

「でもよ、康太郎。どうしておまえは、天国に行こうとしないんだよ」

 この幼さで死んだ少年は、自分の意思でこの世に留まり浮浪魂となった。
 とはいえ、留まったその年月は尋常ではない。
 父母と離れたくないという想いがあるのはわかるが、その想いだけで、そんな長い孤独に耐えられるものではないだろう。

「そうか、わかった。おまえ、そのタカシってやつに恨みがあって、それで成仏ができねえんだろう」
「まさか」

 少年は、呆れたという顔を高木に向けた。

「じゃあ、なんだよ」
「ボク――」

 少年は顔を伏せたまま、ぽつりと言った。

「どうしても、しなくちゃいけないことがあるんだ」
「しなくちゃいけないこと? 要はこの世に未練があるってことなんだな。なんにしてもよ、それでおまえは、34年もこの世を彷徨っていたのかよ」
「うん。でも、死んじゃったら、34年なんてあっという間さ」

 いや、たとえそうだとしても、こうして放っておくというのはやはりおかしい。
 少年にどんな理由があるにしても、それを諭して天国へ連れていくのが道理というものではないのか。
 諭す方法ならいくらだってあるはずだ。

 それができずして、なにが神だ、なにが仏だってんだ、ばかやろう!

 またまた高木は憤慨した。

「おじさん、神様の悪口は言っちゃいけないよ」

 天を睨み、いまにも罵倒しようとしているのを少年は見抜いた。
 その賢さが哀しくて、

「だってよう……」

 高木は顔をくしゃくしゃにした。

「おじさんて、子供みたいだね。だけど、そんなおじさん、ボクは好きだよ」
「うッ、うッ……」

 高木は泣きながら笑い、そしてまた泣いた。
 そんな高木を見つめていた少年は、ふと寂しそうな顔をして背を向けると、

「ボクは、川で溺れて死んだあと、2日後に発見されたんだ――」

 唐突にそう話し始めた。

 それはタカシくんが、ボクが川で溺れたことを自分のおかあさんに話してくれたからなんだけど、それでも川の流れが速かったから発見が遅れたらしいんだ。
 発見されたとき、おかあさんはボクを抱きしめて泣いてた。
 どうしておかあさんの言うことを聞かずに、川で遊んだりしたのって、冷たくなったボクの頬をなでて、おかあさんはずっと泣いていたんだ。
 おとうさんは、おまわりさんとなにか話しをしていた。
 ボクはそのとき、身体から離れていて、おかあさんのそばにいたんだ。
 おかあさん、ボクはここにいるよ、って言ったけど、おかあさんにはボクの声は聴こえなかった。
 ボクは哀しくなって、「おかあさんごめんなさい、おとうさんごめんなさい」ってあやまったんだ。
 泣きながら、なんども。
 ボクのお通夜のときもね、おかあさんは顔に白布をかけられたボクの前で一晩中泣いてた。
黒い額の中に入れられたボクの写真を見つめながら、ときには顔にかけられた白布を取って頬をなでたり、抱きしめたりしてね。
 写真の中のボクは、とても楽しそうに笑ってた。
 その写真は、家族で山へハイキングに行ったとき、おとうさんが撮ってくれたんだ。
 山頂から見下ろす町並みは、どれもこれも小さく見えてまるで模型のようだった。
 すごく楽しかった。
ほんとうに。
 それは、写真の中のボクを見ればよくわかるよ。
 だからボクは山を降りるとき、また来ようねっておとうさんに言ったんだ。
 おとうさんは、やさしくボクの頭をなでて、「あァ、また来よう」って約束してくれた。
 だけど、その約束は果たされなくなっちゃった。
 ボクが死んだのは、ハイキングに行った10日後のことだから。
 お通夜があけてお葬式なっても、おかあさんは泣いてばかりだった。
 おとうさんが肩を抱いてあげて慰めても、泣きやまなかった。
 お葬式には、クラスのみんなが来てくれた。
 タカシくんは両親と一緒に、泣きながらボクのおとうさんとおかあさんにあやまってた。
 ボクはタカシくんに、君のせいじゃないよって言ってあげたけれど、やっぱりボクの声は聴こえてなかった。
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