42 / 84
【第42話】
しおりを挟む
まさかとは思ったがやはりそうだった。
この少年に感じていた時代のずれは、現実にずれていたのだ。
昭和53年といえば、42年前である。少年が生きつづけていたなら、高木よりもふたつ年上ということだ。
少年の姿に、郷愁のような懐かしいものを感じたのも無理はない。
その姿に、高木自身の少年時代を思い起こしたからだ。
34年か……。
高木は言葉もなく、思いこむように考えた。
少年は、8歳で命を喪ってから34年ものあいだ、この世を彷徨いつづけているのである。それは、ひとことでは語りえない年月だ。
なんてことだ……。
またも憤りがこみ上げてくる。
高木は天を睨み上げた。
おい、こら!
いったい、どういうことだよ……。
いくらなんでも、ひどすぎやしないか?
34年だぞ、34年!
それがどれだけ長い年月なのかわかるか。
そのあいだ、こいつはずっと独りぼっちだったんだぞ……。
そんな孤独、地獄じゃねえか……。
アンタからすれば、34年なんてほんの一瞬かも知れねえけど、そりゃあもうクソ長いんだぞ……。
神ならなにをしたって許されるってわけかよ……。
だけどよ、俺はどうしたって納得いかねえ……。
高木は天に向かって悪態をついた。
しかし、それだけでは治まりきらず、
「おい、こら、降りてこいよ。降りてきて姿を見せろ! 神だろうがなんだろうが、俺は許しちゃおけねえ。さっさと降りてきやがれ!」
怒りにまかせて罵倒した。
「おじさん、とつぜんどうしたの? 許しておけないって、いったいだれに怒ってるのさ」
少年は心配そうに高木を見上げた。
「だれにって、そんなの決まってるじゃねえか。神にだよ」
「神様に? どうして?」
「どうしてもクソもあるか。神のやろうは、おまえを三十四年もほったらかしにしてるんだぞ。そんな理不尽があってたまるか。1度ブン殴ってやらなきゃ治まらねえ」
「神様に、神のやろうなんて言いかたしちゃいけないよ。それにブン殴るだなんて」
「だってよ、おまえ、34年は長すぎだよ……」
少年の聡明さがたまらず、高木は泣き出していた。
「おじさんも忙しいな。怒ったと思ったら、今度は泣き出したりして」
「泣きたくもなるよ。おまえはずっと、天国に行けずに……」
高木はいよいよ号泣し始めた。
「おじさんて、ほんとうにやさしいんだね。こんなボクのために泣いてくれるなんて」
泣きじゃくる高木の背を、少年はそっとなでた。
「でもね、おじさん。ボクがずっとここにいるのは、神様が悪いんじゃないんだ。ボクがここから離れたくないんだ」
「だけどよ、おまえはずっと、お迎えが来るのを待っているんじゃないかよ」
それに少年は首をふる。
「違うんだ、おじさん。お迎えを待っているのはほんとだけど、それにはわけがあるんだ」
「どういうことだよ、それ」
高木の涙はとたんに引っこんだ。
「うん……。だったらさ、まずはボクがどうやって死んだかを話さなけりゃならなんだけど、聞いてくれるかな」
それを知っておくのも肝要だと、高木はうなずいた。
「だったら話すね。ボクはあの日――」
少年は話し始めた。
ボクはあの日、おかあさんの言いつけを守らずに、友だちのタカシくんと川に遊びに行ったんだ。
その日はとてもいいお天気だったけど、前の日まで三日間くらい雨が降っていたから、川の水は増えていて流れも速かった。
最初は川岸で川に石を投げて遊んでいたんだ。
でも、タカシくんはそれにすぐ飽きちゃって、『どっちが遠くまで行けるか競争だ』って靴を脱ぎはじめて……。
ボクは危ないからよそうよって言ったのに、タカシくんはボクが止めるのも聞かずに川に入っていっちゃった。
ボクは『やめようよ、やめようよ』って言いつづけたんだ。
それでもタカシくんは『大丈夫だから、君もおいでよ』って。
だからボク、しかたなく川に入っていったんだ。
川に入っていくと思っていたほど深くなかったし、それにその日はとっても暑かったから流れていく川の水が冷たくて気持ちがよかった。
だからついボクは調子に乗って……。
それでボクは、その川に溺れて死んじゃったんだ。
そう話すと、少年は辛そうに顔を伏せた。
この少年に感じていた時代のずれは、現実にずれていたのだ。
昭和53年といえば、42年前である。少年が生きつづけていたなら、高木よりもふたつ年上ということだ。
少年の姿に、郷愁のような懐かしいものを感じたのも無理はない。
その姿に、高木自身の少年時代を思い起こしたからだ。
34年か……。
高木は言葉もなく、思いこむように考えた。
少年は、8歳で命を喪ってから34年ものあいだ、この世を彷徨いつづけているのである。それは、ひとことでは語りえない年月だ。
なんてことだ……。
またも憤りがこみ上げてくる。
高木は天を睨み上げた。
おい、こら!
いったい、どういうことだよ……。
いくらなんでも、ひどすぎやしないか?
34年だぞ、34年!
それがどれだけ長い年月なのかわかるか。
そのあいだ、こいつはずっと独りぼっちだったんだぞ……。
そんな孤独、地獄じゃねえか……。
アンタからすれば、34年なんてほんの一瞬かも知れねえけど、そりゃあもうクソ長いんだぞ……。
神ならなにをしたって許されるってわけかよ……。
だけどよ、俺はどうしたって納得いかねえ……。
高木は天に向かって悪態をついた。
しかし、それだけでは治まりきらず、
「おい、こら、降りてこいよ。降りてきて姿を見せろ! 神だろうがなんだろうが、俺は許しちゃおけねえ。さっさと降りてきやがれ!」
怒りにまかせて罵倒した。
「おじさん、とつぜんどうしたの? 許しておけないって、いったいだれに怒ってるのさ」
少年は心配そうに高木を見上げた。
「だれにって、そんなの決まってるじゃねえか。神にだよ」
「神様に? どうして?」
「どうしてもクソもあるか。神のやろうは、おまえを三十四年もほったらかしにしてるんだぞ。そんな理不尽があってたまるか。1度ブン殴ってやらなきゃ治まらねえ」
「神様に、神のやろうなんて言いかたしちゃいけないよ。それにブン殴るだなんて」
「だってよ、おまえ、34年は長すぎだよ……」
少年の聡明さがたまらず、高木は泣き出していた。
「おじさんも忙しいな。怒ったと思ったら、今度は泣き出したりして」
「泣きたくもなるよ。おまえはずっと、天国に行けずに……」
高木はいよいよ号泣し始めた。
「おじさんて、ほんとうにやさしいんだね。こんなボクのために泣いてくれるなんて」
泣きじゃくる高木の背を、少年はそっとなでた。
「でもね、おじさん。ボクがずっとここにいるのは、神様が悪いんじゃないんだ。ボクがここから離れたくないんだ」
「だけどよ、おまえはずっと、お迎えが来るのを待っているんじゃないかよ」
それに少年は首をふる。
「違うんだ、おじさん。お迎えを待っているのはほんとだけど、それにはわけがあるんだ」
「どういうことだよ、それ」
高木の涙はとたんに引っこんだ。
「うん……。だったらさ、まずはボクがどうやって死んだかを話さなけりゃならなんだけど、聞いてくれるかな」
それを知っておくのも肝要だと、高木はうなずいた。
「だったら話すね。ボクはあの日――」
少年は話し始めた。
ボクはあの日、おかあさんの言いつけを守らずに、友だちのタカシくんと川に遊びに行ったんだ。
その日はとてもいいお天気だったけど、前の日まで三日間くらい雨が降っていたから、川の水は増えていて流れも速かった。
最初は川岸で川に石を投げて遊んでいたんだ。
でも、タカシくんはそれにすぐ飽きちゃって、『どっちが遠くまで行けるか競争だ』って靴を脱ぎはじめて……。
ボクは危ないからよそうよって言ったのに、タカシくんはボクが止めるのも聞かずに川に入っていっちゃった。
ボクは『やめようよ、やめようよ』って言いつづけたんだ。
それでもタカシくんは『大丈夫だから、君もおいでよ』って。
だからボク、しかたなく川に入っていったんだ。
川に入っていくと思っていたほど深くなかったし、それにその日はとっても暑かったから流れていく川の水が冷たくて気持ちがよかった。
だからついボクは調子に乗って……。
それでボクは、その川に溺れて死んじゃったんだ。
そう話すと、少年は辛そうに顔を伏せた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる