幽霊になっても、俺は娘に逢いにゆく

星 陽月

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【第42話】

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 まさかとは思ったがやはりそうだった。
 この少年に感じていた時代のずれは、現実にずれていたのだ。
 昭和53年といえば、42年前である。少年が生きつづけていたなら、高木よりもふたつ年上ということだ。
 少年の姿に、郷愁のような懐かしいものを感じたのも無理はない。
 その姿に、高木自身の少年時代を思い起こしたからだ。

 34年か……。

 高木は言葉もなく、思いこむように考えた。
 少年は、8歳で命を喪ってから34年ものあいだ、この世を彷徨いつづけているのである。それは、ひとことでは語りえない年月だ。

 なんてことだ……。

 またも憤りがこみ上げてくる。
 高木は天を睨み上げた。

 おい、こら! 
 いったい、どういうことだよ……。
 いくらなんでも、ひどすぎやしないか?
 34年だぞ、34年!
 それがどれだけ長い年月なのかわかるか。
 そのあいだ、こいつはずっと独りぼっちだったんだぞ……。
 そんな孤独、地獄じゃねえか……。
 アンタからすれば、34年なんてほんの一瞬かも知れねえけど、そりゃあもうクソ長いんだぞ……。
 神ならなにをしたって許されるってわけかよ……。
 だけどよ、俺はどうしたって納得いかねえ……。

 高木は天に向かって悪態をついた。
 しかし、それだけでは治まりきらず、

「おい、こら、降りてこいよ。降りてきて姿を見せろ! 神だろうがなんだろうが、俺は許しちゃおけねえ。さっさと降りてきやがれ!」

 怒りにまかせて罵倒した。

「おじさん、とつぜんどうしたの? 許しておけないって、いったいだれに怒ってるのさ」

 少年は心配そうに高木を見上げた。

「だれにって、そんなの決まってるじゃねえか。神にだよ」
「神様に? どうして?」
「どうしてもクソもあるか。神のやろうは、おまえを三十四年もほったらかしにしてるんだぞ。そんな理不尽があってたまるか。1度ブン殴ってやらなきゃ治まらねえ」
「神様に、神のやろうなんて言いかたしちゃいけないよ。それにブン殴るだなんて」
「だってよ、おまえ、34年は長すぎだよ……」

 少年の聡明さがたまらず、高木は泣き出していた。

「おじさんも忙しいな。怒ったと思ったら、今度は泣き出したりして」
「泣きたくもなるよ。おまえはずっと、天国に行けずに……」

 高木はいよいよ号泣し始めた。

「おじさんて、ほんとうにやさしいんだね。こんなボクのために泣いてくれるなんて」

 泣きじゃくる高木の背を、少年はそっとなでた。

「でもね、おじさん。ボクがずっとここにいるのは、神様が悪いんじゃないんだ。ボクがここから離れたくないんだ」
「だけどよ、おまえはずっと、お迎えが来るのを待っているんじゃないかよ」

 それに少年は首をふる。

「違うんだ、おじさん。お迎えを待っているのはほんとだけど、それにはわけがあるんだ」
「どういうことだよ、それ」

 高木の涙はとたんに引っこんだ。

「うん……。だったらさ、まずはボクがどうやって死んだかを話さなけりゃならなんだけど、聞いてくれるかな」

 それを知っておくのも肝要だと、高木はうなずいた。

「だったら話すね。ボクはあの日――」

 少年は話し始めた。
 ボクはあの日、おかあさんの言いつけを守らずに、友だちのタカシくんと川に遊びに行ったんだ。
 その日はとてもいいお天気だったけど、前の日まで三日間くらい雨が降っていたから、川の水は増えていて流れも速かった。
 最初は川岸で川に石を投げて遊んでいたんだ。
 でも、タカシくんはそれにすぐ飽きちゃって、『どっちが遠くまで行けるか競争だ』って靴を脱ぎはじめて……。
 ボクは危ないからよそうよって言ったのに、タカシくんはボクが止めるのも聞かずに川に入っていっちゃった。
 ボクは『やめようよ、やめようよ』って言いつづけたんだ。
 それでもタカシくんは『大丈夫だから、君もおいでよ』って。
 だからボク、しかたなく川に入っていったんだ。
 川に入っていくと思っていたほど深くなかったし、それにその日はとっても暑かったから流れていく川の水が冷たくて気持ちがよかった。
 だからついボクは調子に乗って……。
 それでボクは、その川に溺れて死んじゃったんだ。

 そう話すと、少年は辛そうに顔を伏せた。
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