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【第48話】
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「あの、彼はどのように……」
祖父が高木の死因を訊ねると、
「高木さん、事故に遭われたんです。ずいぶん飲んでいらしたらしくて」
看護師は遺体に眼を落としてそう言った。
「事故というと、交通事故ですか」
「いえ、そうではありません。歩道橋の階段で足を踏み外されて、後頭部を強く打ちつけてしまったようなんです。人通りはあったようなんですが、酔った人が寝ていると思われたのでしょうか、通報があったのはそれからずいぶんあとだったようでして……」
その口ぶりには同情がこめられている。
「そうでしたか」
なんという死に方だろうかと祖父は肩を落とした。
「詳しいことは、あとで担当医にお訊きになってください。事件性はないようですが、その点は警察の方がもうじきいらっしゃると思いますので、そのときに」
看護師はそう言うと、丁寧に頭を下げて霊安室を出ていった。
霊安室はとたんに静寂になり、冷えた空気が張りつめた。
沈黙の中、遺体となった高木を見つめていた祖父が、ふと布に両手を伸ばして、顔を被った部分をもう一度上げた。
血の気が失せた高木の顔が現れる。
眼を閉じたその顔は、まさしく安らかに眠っているようだった。
「どうしてだ、正哉くん。どうしてこの若さで……」
無念の想いが思わずこぼれだした。祖父の唇が震えていた。
「君は約束したじゃないか。ゆかりを迎えに来ると。それなのに、このざまはいったいなんだ。ばかもの……」
それは義父としての言葉だった。
「私は、君が嫌いではなかった。娘の夫としても、ゆかりの父親としてもだめな男だったが、私は君が好きだったんだよ。ほんとうにどうしようもないやつで、それでも君にはやさしいところがあった。だから私は……。だがそのやさしさが、仇になったのかもしれないな。そして君は、弱い男だった。それでもせめて父親としては……、ゆかりのためにだけは男をみせてほしかった。それが、なんだ……」
言い尽くせぬ想いが激情となってこみ上げて、義父は片手で顔を被った。
義母もたまらず口許を押さえている。
娘を殺した男だと恨みもし、孫を育てることもできない最低な父親だと蔑(さげす)みもしたが、こうして死顔を見てしまうと、なんともやるせない想いが募るのだった。
ふたりにとって、義理ではあっても一度は親子となった間柄である。
そしてまぎれもなく、高木はゆかりのたったひとりの父親だった。
5年のあいだ一度として顔を見せなかった高木ではあったが、祖父母の胸のうちにはそれぞれの想いがこみ上げるのだろう。
それは涙となる。
ゆかりだけが、泣くこともなくストレッチャーの車輪を睨み、しめやかな空気に耐えていた。
泣かない、胸の中でそう呟きながら。
しばらくつづいた沈黙を破って、
「線香をあげてやろう」
祖父が顔を拭って祭壇に立ち、祖母とゆかりもそれにつづいた。
霊安室を出ると、祖父はすっかりもとのやさしい顔にもどっていて、
「せっかく東京に来たんだ。ゆかりをどこかへ連れていってやったらどうだ」
とつぜんそんなことを言いだした。
あまりのことに、祖母は驚いて祖父を見た。
「こんなときに、不謹慎じゃありませんか、そんなこと」
祖母がたしなめるように言ったが、祖父は意に介さず、
「ゆかりのためなんだ、正哉くんだって怒りはしないさ。葬儀だってしっかりやるつもりでいるんだし、感謝はされても、まさかバチをあてたりはしないだろう。それに、これから斎場への連絡やら、正哉くんのマンションに行って、遺影に使う写真を探さなければならない。後始末といったら語弊(ごへい)になるかもしれないが、あっちへ行ったりこっちへ行ったりだ。3人で動くならひとりのほうがいい。それに東京に来ることなどめったにないんだし、あとは私に任せて行っておいで」
そう言った。
その言葉に祖母も返す言葉がなく、祖父の言うことに従うことにした。
祖父が高木の死因を訊ねると、
「高木さん、事故に遭われたんです。ずいぶん飲んでいらしたらしくて」
看護師は遺体に眼を落としてそう言った。
「事故というと、交通事故ですか」
「いえ、そうではありません。歩道橋の階段で足を踏み外されて、後頭部を強く打ちつけてしまったようなんです。人通りはあったようなんですが、酔った人が寝ていると思われたのでしょうか、通報があったのはそれからずいぶんあとだったようでして……」
その口ぶりには同情がこめられている。
「そうでしたか」
なんという死に方だろうかと祖父は肩を落とした。
「詳しいことは、あとで担当医にお訊きになってください。事件性はないようですが、その点は警察の方がもうじきいらっしゃると思いますので、そのときに」
看護師はそう言うと、丁寧に頭を下げて霊安室を出ていった。
霊安室はとたんに静寂になり、冷えた空気が張りつめた。
沈黙の中、遺体となった高木を見つめていた祖父が、ふと布に両手を伸ばして、顔を被った部分をもう一度上げた。
血の気が失せた高木の顔が現れる。
眼を閉じたその顔は、まさしく安らかに眠っているようだった。
「どうしてだ、正哉くん。どうしてこの若さで……」
無念の想いが思わずこぼれだした。祖父の唇が震えていた。
「君は約束したじゃないか。ゆかりを迎えに来ると。それなのに、このざまはいったいなんだ。ばかもの……」
それは義父としての言葉だった。
「私は、君が嫌いではなかった。娘の夫としても、ゆかりの父親としてもだめな男だったが、私は君が好きだったんだよ。ほんとうにどうしようもないやつで、それでも君にはやさしいところがあった。だから私は……。だがそのやさしさが、仇になったのかもしれないな。そして君は、弱い男だった。それでもせめて父親としては……、ゆかりのためにだけは男をみせてほしかった。それが、なんだ……」
言い尽くせぬ想いが激情となってこみ上げて、義父は片手で顔を被った。
義母もたまらず口許を押さえている。
娘を殺した男だと恨みもし、孫を育てることもできない最低な父親だと蔑(さげす)みもしたが、こうして死顔を見てしまうと、なんともやるせない想いが募るのだった。
ふたりにとって、義理ではあっても一度は親子となった間柄である。
そしてまぎれもなく、高木はゆかりのたったひとりの父親だった。
5年のあいだ一度として顔を見せなかった高木ではあったが、祖父母の胸のうちにはそれぞれの想いがこみ上げるのだろう。
それは涙となる。
ゆかりだけが、泣くこともなくストレッチャーの車輪を睨み、しめやかな空気に耐えていた。
泣かない、胸の中でそう呟きながら。
しばらくつづいた沈黙を破って、
「線香をあげてやろう」
祖父が顔を拭って祭壇に立ち、祖母とゆかりもそれにつづいた。
霊安室を出ると、祖父はすっかりもとのやさしい顔にもどっていて、
「せっかく東京に来たんだ。ゆかりをどこかへ連れていってやったらどうだ」
とつぜんそんなことを言いだした。
あまりのことに、祖母は驚いて祖父を見た。
「こんなときに、不謹慎じゃありませんか、そんなこと」
祖母がたしなめるように言ったが、祖父は意に介さず、
「ゆかりのためなんだ、正哉くんだって怒りはしないさ。葬儀だってしっかりやるつもりでいるんだし、感謝はされても、まさかバチをあてたりはしないだろう。それに、これから斎場への連絡やら、正哉くんのマンションに行って、遺影に使う写真を探さなければならない。後始末といったら語弊(ごへい)になるかもしれないが、あっちへ行ったりこっちへ行ったりだ。3人で動くならひとりのほうがいい。それに東京に来ることなどめったにないんだし、あとは私に任せて行っておいで」
そう言った。
その言葉に祖母も返す言葉がなく、祖父の言うことに従うことにした。
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