52 / 84
【第52話】
しおりを挟む
その日は葬儀社の予定がつかず、沼津へは帰らずに錦糸町の駅前にあるホテルに泊まった。
そして今日になり、祖父の運転する車はいま、見慣れた町並みへと入っていった。
うしろからは、高木の遺体を載せた葬儀社のバンがついてきている。
いくつもの通りを曲がり、車が祖父母の家に到着すると、葬儀社のべつのバンがすでに来ていた。
そのバンには祭壇が積みこまれている。
葬儀社の人間は3人いて、通夜の準備をするために家の中を忙しなく動き回っていた。
奥の間に祭壇が設けられると、その手前には布団が敷かれ、葬儀社の人間が3人がかりで高木の遺体を横たえた。
顔には白布がかけられる。
ゆかりはそこまで見届けると、たまらない気持ちになったのか2階の自分の部屋へと上がっていった。
部屋に入り、ベッドに仰向けになる。
ゆかりは天井を見つめた。
病院では見ることのできなかった父の死顔を、いまはっきりと見た。
瞼を閉じている父の顔は、どうみても眠っているとしか思えなかった。
しばらく時間が経てば起きてきて、あのころのように笑顔で抱き上げてくれるような気がした。
それでも、顔に白布をかけられたとたんに死という現実が押しよせてきて、ゆかりはとてもその場にいることができなかった。
パパが死んじゃった……。
胸の中で呟く。
祖母に父の死を知らされてから、なんどそう呟いたことだろう。
祖父母と暮らした5年間、父の死など考えたこともなかった。
父の存在を考えないようにしていたけれど、それでも胸の片隅では、かならず迎えに来てくれると信じていた。
いつかきっと会える日がやってくると。
だから、父が死ぬはずなどなかった。
それなのに、やっと会えた父は死んでしまっていた。
そんな現実を受け入れるには、なんども自分に言い聞かせるしかなかった。
パパが死んじゃった、と。
パパ……。
天井に父の顔が浮かぶ。
その顔はやさしく笑っている。
ゆかりが思い出す父の顔は、どれもこれもみんな笑顔だった。
その顔が涙で揺れる。
もう泣かないって決めたのに……。
そう思うそばから、涙はあふれて目尻をつたった。
ゆかりは横向きになって枕を抱いた。
そうすると、哀しみがどうしようもないほど胸の中で暴れだして、枕に顔をうずめた。
「パパ、パパ。会いたいよ……」
声にするともっともっと哀しくなった。
ゆかりは声をあげて泣いた。
その泣き声を、枕が吸ってくれた。
涙も哀しみも寂しさも、枕がぜんぶ受けとめてくれる気がして、ゆかりは枕に顔をうずめたまま身体を丸くして泣いた。
涙はとめどなくあふれてくる。
それまでずっと、胸の奥底へとしまいこんでいた父への想いが、激流となって身体の外へと吐き出されているようだった。
そうしてしばらくつづいていた泣き声は、いつの間にか静かな寝息に変わっていた。
そして今日になり、祖父の運転する車はいま、見慣れた町並みへと入っていった。
うしろからは、高木の遺体を載せた葬儀社のバンがついてきている。
いくつもの通りを曲がり、車が祖父母の家に到着すると、葬儀社のべつのバンがすでに来ていた。
そのバンには祭壇が積みこまれている。
葬儀社の人間は3人いて、通夜の準備をするために家の中を忙しなく動き回っていた。
奥の間に祭壇が設けられると、その手前には布団が敷かれ、葬儀社の人間が3人がかりで高木の遺体を横たえた。
顔には白布がかけられる。
ゆかりはそこまで見届けると、たまらない気持ちになったのか2階の自分の部屋へと上がっていった。
部屋に入り、ベッドに仰向けになる。
ゆかりは天井を見つめた。
病院では見ることのできなかった父の死顔を、いまはっきりと見た。
瞼を閉じている父の顔は、どうみても眠っているとしか思えなかった。
しばらく時間が経てば起きてきて、あのころのように笑顔で抱き上げてくれるような気がした。
それでも、顔に白布をかけられたとたんに死という現実が押しよせてきて、ゆかりはとてもその場にいることができなかった。
パパが死んじゃった……。
胸の中で呟く。
祖母に父の死を知らされてから、なんどそう呟いたことだろう。
祖父母と暮らした5年間、父の死など考えたこともなかった。
父の存在を考えないようにしていたけれど、それでも胸の片隅では、かならず迎えに来てくれると信じていた。
いつかきっと会える日がやってくると。
だから、父が死ぬはずなどなかった。
それなのに、やっと会えた父は死んでしまっていた。
そんな現実を受け入れるには、なんども自分に言い聞かせるしかなかった。
パパが死んじゃった、と。
パパ……。
天井に父の顔が浮かぶ。
その顔はやさしく笑っている。
ゆかりが思い出す父の顔は、どれもこれもみんな笑顔だった。
その顔が涙で揺れる。
もう泣かないって決めたのに……。
そう思うそばから、涙はあふれて目尻をつたった。
ゆかりは横向きになって枕を抱いた。
そうすると、哀しみがどうしようもないほど胸の中で暴れだして、枕に顔をうずめた。
「パパ、パパ。会いたいよ……」
声にするともっともっと哀しくなった。
ゆかりは声をあげて泣いた。
その泣き声を、枕が吸ってくれた。
涙も哀しみも寂しさも、枕がぜんぶ受けとめてくれる気がして、ゆかりは枕に顔をうずめたまま身体を丸くして泣いた。
涙はとめどなくあふれてくる。
それまでずっと、胸の奥底へとしまいこんでいた父への想いが、激流となって身体の外へと吐き出されているようだった。
そうしてしばらくつづいていた泣き声は、いつの間にか静かな寝息に変わっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる