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【第53話】
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「おッ、ここだ。ここだよ」
高木は一軒の家を指さしながら、その家に近づいていった。
門柱には「野中」の表札がある。
家の前には、グレーのバンが2台停まっていた。
「これは葬儀屋の車だな。ってことは、今夜が通夜ってわけか」
高木は垣根の先の開け放たれた縁側を覗いた。
黒のスーツを着た男が奥の間へと入っていく。
だがすぐに障子は閉められて、部屋の中の様子を覗うことはできなかった。
「よかったね、おじさん。無縁仏にならなくて」
高木とおなじように、となりで縁側を覗く康太郎が言った。
ここへ来るまでのあいだに、高木は自分の事情を康太郎に話して聞かせた。
あーでもないこーでもないとしゃべりつづける高木の話を聞き流しながら、康太郎はほとんど迷うことなくこの野中家にたどり着いたのだった。
「これで俺もうかばれるってもんだ」
ほっとしたというように、高木は康太郎に顔を向けた。
「あれ? おまえ、いつの間に背が伸びたんだ?」
康太郎の顔は、高木の真横にある。
「なに言ってるの。ボクの背が伸びるわけないじゃない。足元をよく見てごらんよ」
言われるまま康太郎の足元へ視線を落とすと、彼は高木の背の高さに合わせて浮いていた。
「おお!」
「おお! って、なにを驚いてるのさ。こんなこと、おじさんにだってできるじゃないか。いいかげん、死んだことに慣れたら?」
「おまえね、俺は死んでからまだ2日しか経ってねえんだよ。そう簡単に慣れるもんかっての」
「あのさ。自分が死んだことに、もっと自覚を持ったほうがいいんじゃない?」
その康太郎のどこか偉そうな物言いに、高木はカチンときた。
「自覚だと? ケッ、ふざけんな。34年もこの世を彷徨ってるおまえに言われたくないね」
「おじさんて、いやな性格してるんだね。34年、34年てしつこくさ。そのわけは話したはずじゃない。言っておくけど、ボクはこの世を彷徨ってるんじゃないよ。自分の意思でここにいるんだ」
さすがに康太郎も怒ったらしく、プイと顔をそむけるとその場を離れていった。
「おい、どこへ行くんだよ」
「どこだっていいでしょ」
その声は不機嫌そのものだ。
「なァ、怒ったのか? いまのは、おまえがカチンとくるようなことを言ったから悪いんだぞ。ほら、よく言うだろ? 売り言葉は買いもどせってよ――あれ? 違ったか」
「さよなら」
康太郎はふり返りもせずに去っていく。
「おいおい、待ってくれ。俺が悪かった。謝るから、機嫌直してくれよ。後生だよ。ひとりぼっちはやだよ」
高木は心細そうに眉根を寄せる。
康太郎は足を止めるとくるりとふり返り、高木を睨んだ。
「なんなのさ、まるで子供みたいに。おじさんとボクは、赤の他人じゃないか」
「そんな恐い顔で、冷たいこと言うなって。な、このとおり」
高木は哀願するように、顔の前で手を合わせた。
その姿を見ていたら、康太郎は怒っていることが馬鹿らしくなった。
「わかった、もういいよ。ボクのほうも悪かったんだから。だけどさ、おじさん。ボクはもう必要ないじゃない。ゆかりちゃんは、すぐそこにいるんだし、ひとりで会いにいけばいいじゃないか」
「そうは言ってもよ、なんていうか、その……」
高木は口ごもり、こめかみを掻いた。
そこへ康太郎がすうっともどってくる。
「どうしたのさ、おじさん。まさか、ゆかりちゃんに会うのが恐いの?」
康太郎は意地悪そうな眼つきで高木を見つめた。
「なな、なに言いやがる。そんなわけねえだろ。俺がどんな想いでここまでやってきたと思ってんだ」
そう言いつつも高木の狼狽は見てとれた。
「じゃあ、早く中に入ろうよ」
「あァ、わかってるって。そんなに急かすなよ」
その言葉とは裏腹に、高木はその場を動こうとしない。
「やっぱり、恐いんだ」
高木を見る康太郎の顔は、いじめっ子のそれだ。
「違う。断じてそんなことはねえ」
「そう。だったら行こう」
康太郎は高木の手を引こうとした。
「いや、待て、ちょっとだけ待て」
その手を高木は制した。
彼は完全に臆していた。
高木は一軒の家を指さしながら、その家に近づいていった。
門柱には「野中」の表札がある。
家の前には、グレーのバンが2台停まっていた。
「これは葬儀屋の車だな。ってことは、今夜が通夜ってわけか」
高木は垣根の先の開け放たれた縁側を覗いた。
黒のスーツを着た男が奥の間へと入っていく。
だがすぐに障子は閉められて、部屋の中の様子を覗うことはできなかった。
「よかったね、おじさん。無縁仏にならなくて」
高木とおなじように、となりで縁側を覗く康太郎が言った。
ここへ来るまでのあいだに、高木は自分の事情を康太郎に話して聞かせた。
あーでもないこーでもないとしゃべりつづける高木の話を聞き流しながら、康太郎はほとんど迷うことなくこの野中家にたどり着いたのだった。
「これで俺もうかばれるってもんだ」
ほっとしたというように、高木は康太郎に顔を向けた。
「あれ? おまえ、いつの間に背が伸びたんだ?」
康太郎の顔は、高木の真横にある。
「なに言ってるの。ボクの背が伸びるわけないじゃない。足元をよく見てごらんよ」
言われるまま康太郎の足元へ視線を落とすと、彼は高木の背の高さに合わせて浮いていた。
「おお!」
「おお! って、なにを驚いてるのさ。こんなこと、おじさんにだってできるじゃないか。いいかげん、死んだことに慣れたら?」
「おまえね、俺は死んでからまだ2日しか経ってねえんだよ。そう簡単に慣れるもんかっての」
「あのさ。自分が死んだことに、もっと自覚を持ったほうがいいんじゃない?」
その康太郎のどこか偉そうな物言いに、高木はカチンときた。
「自覚だと? ケッ、ふざけんな。34年もこの世を彷徨ってるおまえに言われたくないね」
「おじさんて、いやな性格してるんだね。34年、34年てしつこくさ。そのわけは話したはずじゃない。言っておくけど、ボクはこの世を彷徨ってるんじゃないよ。自分の意思でここにいるんだ」
さすがに康太郎も怒ったらしく、プイと顔をそむけるとその場を離れていった。
「おい、どこへ行くんだよ」
「どこだっていいでしょ」
その声は不機嫌そのものだ。
「なァ、怒ったのか? いまのは、おまえがカチンとくるようなことを言ったから悪いんだぞ。ほら、よく言うだろ? 売り言葉は買いもどせってよ――あれ? 違ったか」
「さよなら」
康太郎はふり返りもせずに去っていく。
「おいおい、待ってくれ。俺が悪かった。謝るから、機嫌直してくれよ。後生だよ。ひとりぼっちはやだよ」
高木は心細そうに眉根を寄せる。
康太郎は足を止めるとくるりとふり返り、高木を睨んだ。
「なんなのさ、まるで子供みたいに。おじさんとボクは、赤の他人じゃないか」
「そんな恐い顔で、冷たいこと言うなって。な、このとおり」
高木は哀願するように、顔の前で手を合わせた。
その姿を見ていたら、康太郎は怒っていることが馬鹿らしくなった。
「わかった、もういいよ。ボクのほうも悪かったんだから。だけどさ、おじさん。ボクはもう必要ないじゃない。ゆかりちゃんは、すぐそこにいるんだし、ひとりで会いにいけばいいじゃないか」
「そうは言ってもよ、なんていうか、その……」
高木は口ごもり、こめかみを掻いた。
そこへ康太郎がすうっともどってくる。
「どうしたのさ、おじさん。まさか、ゆかりちゃんに会うのが恐いの?」
康太郎は意地悪そうな眼つきで高木を見つめた。
「なな、なに言いやがる。そんなわけねえだろ。俺がどんな想いでここまでやってきたと思ってんだ」
そう言いつつも高木の狼狽は見てとれた。
「じゃあ、早く中に入ろうよ」
「あァ、わかってるって。そんなに急かすなよ」
その言葉とは裏腹に、高木はその場を動こうとしない。
「やっぱり、恐いんだ」
高木を見る康太郎の顔は、いじめっ子のそれだ。
「違う。断じてそんなことはねえ」
「そう。だったら行こう」
康太郎は高木の手を引こうとした。
「いや、待て、ちょっとだけ待て」
その手を高木は制した。
彼は完全に臆していた。
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