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【第11話】
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「僕を幸せにしてください、か。言い間違えて正解よ。それって、母性本能くすぐられるもの。お父さん合格」
里子は感心しながら水割りを呑んだ。
「父さんからすれば、不甲斐ない思いだったよ」
宗太郎は苦笑した。
「でも、世界一君を幸せにするよりも全然いいわよ。本心がこもってるもの。それに、お母さんの台詞がまたいいわよね。宗太郎さんを幸せにします、だもの。私にはとてもそんなこと言えないわ」
「だけどな。それからが大変だった。母さん学生だったし、お前のお祖父ちゃんは厳格な人だったから。結婚を許してもらいに家まで行ったら、母さんのこと平手で殴ったんだ。学生の分際で何が結婚だと言って書斎に入っていったよ。父さん、すぐにあとを追っていって、書斎の前で、殴るなら僕を殴ってください、って怒鳴り返してやったんだ。妻になる人を殴るのは、父親でも許せない、ってな」
「お父さんやるじゃない。見直したわ。愛する想いは、人を変えるのね。それからどうしたの?」
里子は真剣になっている。
宗太郎も、焼酎が潤滑油となって、話に拍車がかかっている。
「ドアがいきなり開いたと思ったら、お祖父ちゃんがすごい形相で立ってて、妻になる人などと、気安く言うなってほんとうの殴られたよ。それも拳でだぞ。鼻血がしばらく止まらなかった」
「うわ、ひどい。お祖父ちゃん、怖かったんだ」
里子は顔を顰(ひそ)めた。
「それから、なんども通ったよ。もう、二度と来るなってバケツで水をかけられたこともあったが、それでもめげなかった。結婚する相手は、母さんしかいないって想いでな。何回目だったかなァ。今日許してもらえなかったら、駆け落ちしてやるって心に決めて挨拶に行ったら、居間に通されて、お祖父ちゃんと母さんがテーブルに坐ってた。父さんはお祖父ちゃんの前に坐って――」
宗太郎は父親の顔を見据えた。
父親のほうも宗太郎を見据え、ふたりの無言の戦いが始まった。
父親の眼光は鋭く、宗太郎はなんども怯みそうになったが、ここで負けてはならないと、眼をそらさずに応戦した。
早苗は黙って、ふたりを見守った。
空気が張り詰め、沈黙がその場を制した。
母親、お茶を載せたお盆を手に居間にはいってくると、まるでそれが合図とでもいうように、父親が口を開いた。
「野嶋くん」
「はい」
宗太郎は背筋を伸ばした。
「君には負けたよ」
ふいに父親は柔和な顔になった。
「君の、娘を想う気持ちは本物だ。正直、感服した。何度もめげずにやってくる君の姿を見ていたら、私の若い頃を思い出した。私が妻を、嫁にもらいに行った時のな――ま、余計な話はよそう」
そこで父親はお茶を口にし、少しの間をおくと、改めて宗太郎を見つめ、
「野嶋くん、娘をよろしく頼みます」
そう言って、頭を下げた。
思ってもみない展開に宗太郎は驚いたが、それでも姿勢を正し、
「はい、早苗さんに幸せにしてもらいます。あ、いえ、幸せにします」
と頭を下げ返した。
「ただ、ひとつだけ聞いてもらいたい」
宗太郎は、父親を見つめた。
「娘は、来年大学を卒業する。結婚はそのあとまで待ってほしい。どうかな」
「はい、待ちます。早苗さんと結婚できるなら、いつまでだって待ちます」
「そうか、ありがとう」
そして、その約束どおり、早苗が大学を卒業してから、ふたりは結婚したのだった――
里子は感心しながら水割りを呑んだ。
「父さんからすれば、不甲斐ない思いだったよ」
宗太郎は苦笑した。
「でも、世界一君を幸せにするよりも全然いいわよ。本心がこもってるもの。それに、お母さんの台詞がまたいいわよね。宗太郎さんを幸せにします、だもの。私にはとてもそんなこと言えないわ」
「だけどな。それからが大変だった。母さん学生だったし、お前のお祖父ちゃんは厳格な人だったから。結婚を許してもらいに家まで行ったら、母さんのこと平手で殴ったんだ。学生の分際で何が結婚だと言って書斎に入っていったよ。父さん、すぐにあとを追っていって、書斎の前で、殴るなら僕を殴ってください、って怒鳴り返してやったんだ。妻になる人を殴るのは、父親でも許せない、ってな」
「お父さんやるじゃない。見直したわ。愛する想いは、人を変えるのね。それからどうしたの?」
里子は真剣になっている。
宗太郎も、焼酎が潤滑油となって、話に拍車がかかっている。
「ドアがいきなり開いたと思ったら、お祖父ちゃんがすごい形相で立ってて、妻になる人などと、気安く言うなってほんとうの殴られたよ。それも拳でだぞ。鼻血がしばらく止まらなかった」
「うわ、ひどい。お祖父ちゃん、怖かったんだ」
里子は顔を顰(ひそ)めた。
「それから、なんども通ったよ。もう、二度と来るなってバケツで水をかけられたこともあったが、それでもめげなかった。結婚する相手は、母さんしかいないって想いでな。何回目だったかなァ。今日許してもらえなかったら、駆け落ちしてやるって心に決めて挨拶に行ったら、居間に通されて、お祖父ちゃんと母さんがテーブルに坐ってた。父さんはお祖父ちゃんの前に坐って――」
宗太郎は父親の顔を見据えた。
父親のほうも宗太郎を見据え、ふたりの無言の戦いが始まった。
父親の眼光は鋭く、宗太郎はなんども怯みそうになったが、ここで負けてはならないと、眼をそらさずに応戦した。
早苗は黙って、ふたりを見守った。
空気が張り詰め、沈黙がその場を制した。
母親、お茶を載せたお盆を手に居間にはいってくると、まるでそれが合図とでもいうように、父親が口を開いた。
「野嶋くん」
「はい」
宗太郎は背筋を伸ばした。
「君には負けたよ」
ふいに父親は柔和な顔になった。
「君の、娘を想う気持ちは本物だ。正直、感服した。何度もめげずにやってくる君の姿を見ていたら、私の若い頃を思い出した。私が妻を、嫁にもらいに行った時のな――ま、余計な話はよそう」
そこで父親はお茶を口にし、少しの間をおくと、改めて宗太郎を見つめ、
「野嶋くん、娘をよろしく頼みます」
そう言って、頭を下げた。
思ってもみない展開に宗太郎は驚いたが、それでも姿勢を正し、
「はい、早苗さんに幸せにしてもらいます。あ、いえ、幸せにします」
と頭を下げ返した。
「ただ、ひとつだけ聞いてもらいたい」
宗太郎は、父親を見つめた。
「娘は、来年大学を卒業する。結婚はそのあとまで待ってほしい。どうかな」
「はい、待ちます。早苗さんと結婚できるなら、いつまでだって待ちます」
「そうか、ありがとう」
そして、その約束どおり、早苗が大学を卒業してから、ふたりは結婚したのだった――
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