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【第10話】
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宗太郎と早苗は、雨の湘南に向かった。
灰褐色の重い雲に沈む海は、本来の色を奪われ、その抵抗からか静かに荒れている。
岬に見える灯台がかすかに煙り、雨の音は、波に消されていた。
早苗が、浜辺を歩きたい、と言うので、ふたりは一本の傘を差して砂浜へと降りていった。
「思ったとおり。雨の海って、ロマンティックだわ。哀しくて、切ないくらい静かで、それでいて荒々しくて。そう思いません?」
海原の果てへと眼を向けながら、早苗は言った。
宗太郎には、それに返す答えを持っておらず、ただ黙って、すぐ傍にある早苗の横顔を見つめた。
その透き通るまでの肌の白さと、真っ直ぐに通った鼻梁の下にある、閉じられた唇。
そして淡く茶を帯びた瞳。
これほど美しい人を、僕は知らない……。
そんな思いの中で、宗太郎は早苗を見つめつづけた。
髪を靡かせる風に、早苗は眼を細める。
抱きしめたい……。
衝動が胸に湧く。
見つめる宗太郎に気づいて、早苗が顔を向けた。
宗太郎は慌てて眼をそらし、海へと投げた。
今度は早苗が宗太郎を見つめる。
その視線を横顔に感じながら、宗太郎は海を見つめる。
波の音だけがふたりを包みこむ。
その音を呑みこむくらいに、宗太郎の胸は高鳴っている。
その時、宗太郎は決意した。
今胸にある想いを、打ち寄せる波に乗せて、言葉へとつなげることを。
今度こそ口にするのだと。
神様、僕に力をください……。
宗太郎は大きく息を吸いこみ、早苗に身体を向けた。
「早苗ちゃん」
「はい」
「僕と、その……」
どうした、お前は男だろッ……。
自分を叱咤する。
「僕は幸せになりたい、君と一緒に。だから、僕を幸せにしてくださいッ!」
言ってしまったあとで、宗太郎は自分が言い間違えたことに気づき、眼をつぶった。
君を幸せにしますだろ、バカッ!
今さら嘆くより、もう一度言い直そうと眼を開けた。
「………!」
その眼に跳びこんできたのは、頬を涙で濡らす早苗の顔だった。
「早苗ちゃん……。ごめん、変なこと言っちゃって……」
「ううん、違うんです。とつぜんで驚いただけ。でも、うれしくて言葉がつまっちゃって」
早苗は笑顔を浮かべながら、頬を指先で拭った。
「じゃあ……」
確認するように、宗太郎は見つめた。
それに早苗は、こくりとうなずき、
「宗太郎さんを、幸せにします」
そう言った。
その言葉に宗太郎は、早苗を抱きしめ、その拍子に早苗の持っていた傘が風に飛ばされた。
濡れるのも構わず宗太郎は、「やった、やった」と早苗を抱きしめたままなんども歓びを口にした。
あれは、春になったばかりの、まだ肌寒い日曜日だった――
灰褐色の重い雲に沈む海は、本来の色を奪われ、その抵抗からか静かに荒れている。
岬に見える灯台がかすかに煙り、雨の音は、波に消されていた。
早苗が、浜辺を歩きたい、と言うので、ふたりは一本の傘を差して砂浜へと降りていった。
「思ったとおり。雨の海って、ロマンティックだわ。哀しくて、切ないくらい静かで、それでいて荒々しくて。そう思いません?」
海原の果てへと眼を向けながら、早苗は言った。
宗太郎には、それに返す答えを持っておらず、ただ黙って、すぐ傍にある早苗の横顔を見つめた。
その透き通るまでの肌の白さと、真っ直ぐに通った鼻梁の下にある、閉じられた唇。
そして淡く茶を帯びた瞳。
これほど美しい人を、僕は知らない……。
そんな思いの中で、宗太郎は早苗を見つめつづけた。
髪を靡かせる風に、早苗は眼を細める。
抱きしめたい……。
衝動が胸に湧く。
見つめる宗太郎に気づいて、早苗が顔を向けた。
宗太郎は慌てて眼をそらし、海へと投げた。
今度は早苗が宗太郎を見つめる。
その視線を横顔に感じながら、宗太郎は海を見つめる。
波の音だけがふたりを包みこむ。
その音を呑みこむくらいに、宗太郎の胸は高鳴っている。
その時、宗太郎は決意した。
今胸にある想いを、打ち寄せる波に乗せて、言葉へとつなげることを。
今度こそ口にするのだと。
神様、僕に力をください……。
宗太郎は大きく息を吸いこみ、早苗に身体を向けた。
「早苗ちゃん」
「はい」
「僕と、その……」
どうした、お前は男だろッ……。
自分を叱咤する。
「僕は幸せになりたい、君と一緒に。だから、僕を幸せにしてくださいッ!」
言ってしまったあとで、宗太郎は自分が言い間違えたことに気づき、眼をつぶった。
君を幸せにしますだろ、バカッ!
今さら嘆くより、もう一度言い直そうと眼を開けた。
「………!」
その眼に跳びこんできたのは、頬を涙で濡らす早苗の顔だった。
「早苗ちゃん……。ごめん、変なこと言っちゃって……」
「ううん、違うんです。とつぜんで驚いただけ。でも、うれしくて言葉がつまっちゃって」
早苗は笑顔を浮かべながら、頬を指先で拭った。
「じゃあ……」
確認するように、宗太郎は見つめた。
それに早苗は、こくりとうなずき、
「宗太郎さんを、幸せにします」
そう言った。
その言葉に宗太郎は、早苗を抱きしめ、その拍子に早苗の持っていた傘が風に飛ばされた。
濡れるのも構わず宗太郎は、「やった、やった」と早苗を抱きしめたままなんども歓びを口にした。
あれは、春になったばかりの、まだ肌寒い日曜日だった――
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