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【第15話】
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里子は足早に坂を下り、外堀通りでタクシーを拾った。
ドアが閉まった時、倉田が走ってくる姿が見えたが里子は車を出してもらった。
走り出してすぐに、スマート・フォンが鳴った。
着信は倉田だった。
里子は電源をOFFにした。
もう秋だねえ、と声をかけてくる運転手に、そうですね、と愛想なく答えると、里子はシートに身体を沈めて車窓に眼を投げた。
運転手はバッグミラーでチラッと里子の顔を窺い見ると、もう話しかけてはこなかった。
車窓に流れる街並みを眺めながら、里子はドアに身体を凭せかけた。
大きく息を吸うと、幾分気持ちが落ち着いてきた。
冷静になってみると、自分のしたことが恥ずかしい。
思わずカッとなって、気づくと店を飛び出していた。
バカなことをしたな、と素直に反省すると、倉田のことが気にかかった。
孝紀はどうしただろう……。
店にもどって、まだ呑んでいるのだろうか。
それとも、怒って帰ってしまっただろうか。
引き返してもらおうか、と里子は思ったが、すぐに思い直してスマート・フォンを手に取った。
電源を入れ、倉田に掛けようとし、だが、その手を止めた。
自分のしたことは、確かに悪かったと思い反省もしている。
けれど、それ以上に倉田の言った言葉は里子を失望させた。
そんなことで悩むなんて……。
その言葉を、倉田は悪気があって言ったわけではないだろう。
しかし、悪気がないということは、それが本音ということになる。
恋愛をしているふたりが結婚するのは当然で、それが自然なことなんだから、何を考えることがあるんだ。
それが、倉田の言い分なのだ。
倉田は里子の内面を理解しようとしてない。
結婚という扉を開き、ふたりの生活を築いていくのなら、お互いの心を理解しなければ、うまくやっていけないではないか。
里子は思う。
倉田に逢い、今の思いを打ち明ければ何か答えが見つかるかも知れない、そう思っていた。
倉田なら、自分にもわからないその答えを引き出してくれるのではないか、と。
だが、それは里子の勝手な思いこみに過ぎなかった。
その結果、倉田に対して逆に疑念をいだくことになってしまった。
やっぱり、式は延期してもらったほうがいいかな……。
それが今の自分にとって最良の選択だと里子は思った。
その決断によって、倉田とのあいだに溝ができるのは否めない。
最悪の場合、結婚そのものが破談になる可能性だってある。
けれど、このわだかまった気持ちのままでは、どうしても結婚に踏み切ることができない。
自分自身を祝福できない結婚なら、しないほうがいい……。
その思いに里子は、握っていたスマート・フォンに眼を落とし、改めて倉田に電話を掛けた。
「悪いのはオレだよ」
里子が謝罪すると、倉田は怒った口ぶりもなく、里子を気づかうようにそう言った。
その倉田のやさしさに、里子の決意が揺らいだ。
だが、
「でも、よかった。結婚しないなんて言い出すんじゃないかって、心配してたんだ。もしそんなことになったら、スピーチを引き受けてもらった部長に申しわけがたたないからさ」
つづけて言ったその言葉に、里子はいっぺんに冷めた。
一瞬、決意が揺らぎ、結婚式の延期を思い直そうとした自分が馬鹿らしい。
「私と結婚するのは、部長さんへの面目が立たないから?」
「いや、そういうわけじゃないよ。サラリーマンて、そういうトコ大切だからさ」
はっきり否定できないところも腹立たしい。
大切なのは君だ。部長のスピーチはどうだっていいんだ――
現実にそんなことができるわけがないのはわかっている。
だけど、嘘でもいいから、せめてそう言ってほしかった。
「何もわかってないのね」
「わかるわけないだろ? いったいどうしたっていうんだよ。部長のスピーチがそんなに気にいらないのか? もうしそうだとしても、断るなんてできないからな」
「もういいわ」
「何がいいんだよ。サラリーマンの男の世界っていうのは、そういうものなんだよ。わかってないのは、お前のほうだろう」
倉田は声を荒げた。
「そうわかったわ……。部長さんに謝っておいて、私の身勝手で、結婚式が延期になりましたって」
自分でも驚くほど冷静に、里子は言った。
「ちょ、ちょっと待てよ。とつぜん何だよ。冗談だろ? それ」
「お互い、考える時間が必要だわ」
里子はそう言い返し、会って話そう、そう言う倉田をよそにスマート・フォンを切って電源をOFFにした。
ドアが閉まった時、倉田が走ってくる姿が見えたが里子は車を出してもらった。
走り出してすぐに、スマート・フォンが鳴った。
着信は倉田だった。
里子は電源をOFFにした。
もう秋だねえ、と声をかけてくる運転手に、そうですね、と愛想なく答えると、里子はシートに身体を沈めて車窓に眼を投げた。
運転手はバッグミラーでチラッと里子の顔を窺い見ると、もう話しかけてはこなかった。
車窓に流れる街並みを眺めながら、里子はドアに身体を凭せかけた。
大きく息を吸うと、幾分気持ちが落ち着いてきた。
冷静になってみると、自分のしたことが恥ずかしい。
思わずカッとなって、気づくと店を飛び出していた。
バカなことをしたな、と素直に反省すると、倉田のことが気にかかった。
孝紀はどうしただろう……。
店にもどって、まだ呑んでいるのだろうか。
それとも、怒って帰ってしまっただろうか。
引き返してもらおうか、と里子は思ったが、すぐに思い直してスマート・フォンを手に取った。
電源を入れ、倉田に掛けようとし、だが、その手を止めた。
自分のしたことは、確かに悪かったと思い反省もしている。
けれど、それ以上に倉田の言った言葉は里子を失望させた。
そんなことで悩むなんて……。
その言葉を、倉田は悪気があって言ったわけではないだろう。
しかし、悪気がないということは、それが本音ということになる。
恋愛をしているふたりが結婚するのは当然で、それが自然なことなんだから、何を考えることがあるんだ。
それが、倉田の言い分なのだ。
倉田は里子の内面を理解しようとしてない。
結婚という扉を開き、ふたりの生活を築いていくのなら、お互いの心を理解しなければ、うまくやっていけないではないか。
里子は思う。
倉田に逢い、今の思いを打ち明ければ何か答えが見つかるかも知れない、そう思っていた。
倉田なら、自分にもわからないその答えを引き出してくれるのではないか、と。
だが、それは里子の勝手な思いこみに過ぎなかった。
その結果、倉田に対して逆に疑念をいだくことになってしまった。
やっぱり、式は延期してもらったほうがいいかな……。
それが今の自分にとって最良の選択だと里子は思った。
その決断によって、倉田とのあいだに溝ができるのは否めない。
最悪の場合、結婚そのものが破談になる可能性だってある。
けれど、このわだかまった気持ちのままでは、どうしても結婚に踏み切ることができない。
自分自身を祝福できない結婚なら、しないほうがいい……。
その思いに里子は、握っていたスマート・フォンに眼を落とし、改めて倉田に電話を掛けた。
「悪いのはオレだよ」
里子が謝罪すると、倉田は怒った口ぶりもなく、里子を気づかうようにそう言った。
その倉田のやさしさに、里子の決意が揺らいだ。
だが、
「でも、よかった。結婚しないなんて言い出すんじゃないかって、心配してたんだ。もしそんなことになったら、スピーチを引き受けてもらった部長に申しわけがたたないからさ」
つづけて言ったその言葉に、里子はいっぺんに冷めた。
一瞬、決意が揺らぎ、結婚式の延期を思い直そうとした自分が馬鹿らしい。
「私と結婚するのは、部長さんへの面目が立たないから?」
「いや、そういうわけじゃないよ。サラリーマンて、そういうトコ大切だからさ」
はっきり否定できないところも腹立たしい。
大切なのは君だ。部長のスピーチはどうだっていいんだ――
現実にそんなことができるわけがないのはわかっている。
だけど、嘘でもいいから、せめてそう言ってほしかった。
「何もわかってないのね」
「わかるわけないだろ? いったいどうしたっていうんだよ。部長のスピーチがそんなに気にいらないのか? もうしそうだとしても、断るなんてできないからな」
「もういいわ」
「何がいいんだよ。サラリーマンの男の世界っていうのは、そういうものなんだよ。わかってないのは、お前のほうだろう」
倉田は声を荒げた。
「そうわかったわ……。部長さんに謝っておいて、私の身勝手で、結婚式が延期になりましたって」
自分でも驚くほど冷静に、里子は言った。
「ちょ、ちょっと待てよ。とつぜん何だよ。冗談だろ? それ」
「お互い、考える時間が必要だわ」
里子はそう言い返し、会って話そう、そう言う倉田をよそにスマート・フォンを切って電源をOFFにした。
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