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【第28話】
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「里子?」
気づくと、加代子が顔を覗きこんでいる。
「……え?」
「え? じゃないわよ。どこか遠くに行ってたわよ」
「あ、ごめん」
「やっぱり何かあったんでしょ。隠さずに言いなさいよ。まさか、修羅場になったりしちゃうんじゃないでしょうね」
そう言う加代子は、嬉々としてうれしそうだ。
「あるわけないでしょ、そんなこと。ほんとに何もないの」
「そう……」
今度は一変に不満な顔になった。
「それはそうと、佐久間くんに余計なこと言ってくれたらしいわね。その上、がんばれ、だなんて、どういうつもり」
「だって、彼の直向な態度を見てると、胸がキュンとしちゃって、つい応援したくなっちゃったのよ」
「あのね。たとえ私が結婚をしないとしても、彼とはつき合う気にはなれないの。それに私、結婚の延期やめたから」
「あ、そうなの。じゃあ、式は予定通りってことね」
「そうよ」
そう答えながら、今日こそは孝紀に電話をしなきゃ、と胸の中で呟いた。
店を出ると里子は、「ちょっと野暮用なの」と加代子と別れた。
さっそく倉田に電話を入れようと、バッグからスマート・フォンを取ろうとした。
だが、スマート・フォンがない。
そんなはずはない、とバッグの中を改めたがやはりない。
どこかで落としたんだろうか……
記憶をたどる。
今日は朝からスマート・フォンを手にしてない。
となると昨日だ。
あのオープン・カフェで、倉田に電話を掛けようと手にしたあと、掛けることができぬままバッグに入れたところまでは憶えている。
それから手にした記憶はない。
遠藤と呑んでからも、彼の部屋でもバッグを開けることはなかった。
それは家に帰ってからもそうだった。
なら、どうしてないのだろうか。
突然消えるわけなどないだろうが、実際に消えたとしか思えない。
まさか……。
他に考えられるのはひとつしかない。
遠藤だ。
彼がバッグからスマート・フォンを取ったということだ。
けれど、あれだけ酔っていて、そんなことが可能だろうか。
それができたとすれば、遠藤は泥酔した芝居をしていたことになる。
だけど、いつ……
考えられるのは、里子が寝室から毛布を運んでくるそのわずかな時間だ。
もしそうなら許せないことだ。
なんて男なの……。
憤りが胸に湧く。
だがそれは憶測にしか過ぎない。
里子がどこかで忘れたか、落としたということも考えられるのだから。
とにかく自分のスマート・フォンに掛けてみれば分かることだ。
里子は公衆電話を探した。
公衆電話はすぐに見つかった。
スマート・フォンには誰も出ずに、応答メッセージが流れた。
里子は一度切り、少し待ってからもう一度掛け直すと、今度は呼び出し音が五回鳴ったところでつながった。
里子は呼びかけたが、相手は無言のままで、再度呼びかけると、わずかな間をおいてから声が返ってきた。
「だれ……?」
その声は女性だった。
遠藤が出るものとばかり思っていた里子は、一瞬慌てたが、
「あの、そのスマホの持ち主なんですけど……」
何とかそう言った。
だが、それに女性は答えず、そこで沈黙になった。
その沈黙を嫌って、
「もしもし、聞こえてますか?」
里子は訊いた。
それにも女性は答えず、今度は里子も黙っていると、
「どうしてアナタのスマホが、ここにあるのよ」
いきなり女性が言ってきた。
その声には険があった。
「どうしてって、そこはどこですか?」
「惚けないでよ」
女性がそう言ったとき、その背後に男の声がして、ふたりの言い争いが受話器から伝わってきた。
何なのよ、いったい……。
里子が苛立ちを覚えていると、今度は男の声が受話器から零れ出した。
「もしもし、すいません。そちらのスマホを拾ったんですけど、これ、どうしましょうか?」
男は畏まった口調でそう言ったが、その声は紛れもなく遠藤だった。
「どういうこと?」
思わず里子は言った。
「え、渋谷の交番の前ですね。あ、はい。それで、何時に行けばいいですか?」
遠藤はあくまでスマート・フォンを拾った人を演じるらしい。
察するに、電話に出たのは昨日のあのコだろう。
「七時半には行けると思うわ」
この場は遠藤に合わせることにして、里子は言った。
言いたいことは会ってから話せばいい。
「わかりました。じゃあ、その時間に」
遠藤は電話を切った。
「ほんとにもう」
ため息まじりに呟くと、里子は受話器をフックにもどした。
その日は思ったよりも仕事が長引いて、会社を出たのは八時近くになっていた。
気づくと、加代子が顔を覗きこんでいる。
「……え?」
「え? じゃないわよ。どこか遠くに行ってたわよ」
「あ、ごめん」
「やっぱり何かあったんでしょ。隠さずに言いなさいよ。まさか、修羅場になったりしちゃうんじゃないでしょうね」
そう言う加代子は、嬉々としてうれしそうだ。
「あるわけないでしょ、そんなこと。ほんとに何もないの」
「そう……」
今度は一変に不満な顔になった。
「それはそうと、佐久間くんに余計なこと言ってくれたらしいわね。その上、がんばれ、だなんて、どういうつもり」
「だって、彼の直向な態度を見てると、胸がキュンとしちゃって、つい応援したくなっちゃったのよ」
「あのね。たとえ私が結婚をしないとしても、彼とはつき合う気にはなれないの。それに私、結婚の延期やめたから」
「あ、そうなの。じゃあ、式は予定通りってことね」
「そうよ」
そう答えながら、今日こそは孝紀に電話をしなきゃ、と胸の中で呟いた。
店を出ると里子は、「ちょっと野暮用なの」と加代子と別れた。
さっそく倉田に電話を入れようと、バッグからスマート・フォンを取ろうとした。
だが、スマート・フォンがない。
そんなはずはない、とバッグの中を改めたがやはりない。
どこかで落としたんだろうか……
記憶をたどる。
今日は朝からスマート・フォンを手にしてない。
となると昨日だ。
あのオープン・カフェで、倉田に電話を掛けようと手にしたあと、掛けることができぬままバッグに入れたところまでは憶えている。
それから手にした記憶はない。
遠藤と呑んでからも、彼の部屋でもバッグを開けることはなかった。
それは家に帰ってからもそうだった。
なら、どうしてないのだろうか。
突然消えるわけなどないだろうが、実際に消えたとしか思えない。
まさか……。
他に考えられるのはひとつしかない。
遠藤だ。
彼がバッグからスマート・フォンを取ったということだ。
けれど、あれだけ酔っていて、そんなことが可能だろうか。
それができたとすれば、遠藤は泥酔した芝居をしていたことになる。
だけど、いつ……
考えられるのは、里子が寝室から毛布を運んでくるそのわずかな時間だ。
もしそうなら許せないことだ。
なんて男なの……。
憤りが胸に湧く。
だがそれは憶測にしか過ぎない。
里子がどこかで忘れたか、落としたということも考えられるのだから。
とにかく自分のスマート・フォンに掛けてみれば分かることだ。
里子は公衆電話を探した。
公衆電話はすぐに見つかった。
スマート・フォンには誰も出ずに、応答メッセージが流れた。
里子は一度切り、少し待ってからもう一度掛け直すと、今度は呼び出し音が五回鳴ったところでつながった。
里子は呼びかけたが、相手は無言のままで、再度呼びかけると、わずかな間をおいてから声が返ってきた。
「だれ……?」
その声は女性だった。
遠藤が出るものとばかり思っていた里子は、一瞬慌てたが、
「あの、そのスマホの持ち主なんですけど……」
何とかそう言った。
だが、それに女性は答えず、そこで沈黙になった。
その沈黙を嫌って、
「もしもし、聞こえてますか?」
里子は訊いた。
それにも女性は答えず、今度は里子も黙っていると、
「どうしてアナタのスマホが、ここにあるのよ」
いきなり女性が言ってきた。
その声には険があった。
「どうしてって、そこはどこですか?」
「惚けないでよ」
女性がそう言ったとき、その背後に男の声がして、ふたりの言い争いが受話器から伝わってきた。
何なのよ、いったい……。
里子が苛立ちを覚えていると、今度は男の声が受話器から零れ出した。
「もしもし、すいません。そちらのスマホを拾ったんですけど、これ、どうしましょうか?」
男は畏まった口調でそう言ったが、その声は紛れもなく遠藤だった。
「どういうこと?」
思わず里子は言った。
「え、渋谷の交番の前ですね。あ、はい。それで、何時に行けばいいですか?」
遠藤はあくまでスマート・フォンを拾った人を演じるらしい。
察するに、電話に出たのは昨日のあのコだろう。
「七時半には行けると思うわ」
この場は遠藤に合わせることにして、里子は言った。
言いたいことは会ってから話せばいい。
「わかりました。じゃあ、その時間に」
遠藤は電話を切った。
「ほんとにもう」
ため息まじりに呟くと、里子は受話器をフックにもどした。
その日は思ったよりも仕事が長引いて、会社を出たのは八時近くになっていた。
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