里子の恋愛

星 陽月

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【第43話】

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「どうして、僕が従いていかなきゃならないんですか」

 そう言いながら、佐久間は渋々里子のうしろを従いてくる。
 ふたりは遠藤との待ち合わせ場所に向かっていた。
 里子はひとりで遠藤と会う気にはなれず、無理を言って佐久間に従いてきてもらったのだ。

「私に何かあってもいいわけ?」
「いいわけないじゃないですか」
「だったら黙って従いてきて」
「そう言われても、気が乗らないんですよね」
「何ビビってんのよ。その男は、言ってみれば君のライバルでしょ?」
「でも、何か利用されてるような気もするし」
「あッ、そう。そんなに嫌ならいいわよ。君にはもう頼まない」

 里子は言うと足を早めた。
 佐久間が追いかけてくるのを計算の上で。

「わかりましたよ。行きますって」

 案の定、佐久間は里子を追いかけた。
 待ち合わせのコーヒー・ショップに行くと、遠藤はすでに来ていた。

「へェー、まさかボディガードを連れてくるとはね。オレって信用ないんだ」

 席に坐ったまま遠藤はふたりを見上げ、口端で笑った。

「そうよ。とつぜんあんなこと言う男を、信用するほうがおかしいわ」

 里子は向かい側に坐った。
 佐久間は、「珈琲でいいですね」と里子に確認し、注文カウンターに向かった。
 その背に遠藤は眼を向けながら、

「アイツに話したんだ」

 そう言った。

「えェ、しつこく言い寄ってくる男がいるってね」
「オレもずいぶん嫌われたもんだ」
「嫌われるようなことをしてるのは、アナタ自身でしょ?」
「オレは、自分の気持ちを正直に言っただけだよ」
「何が正直によ。私にはふざけてるとしか思えないわ」
「ふざけてなんかないよ。オレはほんとにオタクのことが好きになったんだから」
「やめて」

 里子は、聞きたくないという素振りをみせた。

「オタクだって、オレのこと好きなはずさ」
「そんなこと、あるわけないでしょ」

 思わず里子は、遠藤を睨みつけた。

「それならどうしてあの日、オレが抱き寄せても拒否しなかったんだよ」
「あれは……」
「それに、オレにキスしようとしただろ?」
「………!」

 里子は狼狽して、遠藤から顔を背けた。

 起きてたなんて……。

 あの時、遠藤が寝たふりをしていたということを知り、自分がしようとした行動を今更ながらに恥じた。
 羞恥な思いに、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。
 そのとき、佐久間が珈琲を載せたトレーを持ってもどってきた。

「お待たせしました」

 佐久間は珈琲を置くと、顔を背けている里子を窺うように見た。
 その佐久間に、遠藤が手を差し出した。

「遠藤です、ヨロシク」
「あ、どうも、佐久間です」

 佐久間は握手に応じた。

「佐久間さんて、歳は幾つですか?」
「二十三、ですけど……」

 何でそんなこと訊くんだ、そう思いながらも佐久間は答えた。

「じゃあ、オレと同じだ。それで大学は?」

 同じ歳と聞いて、遠藤はタメグチになった。

「立教だけど、そう言うアンタは?」

 佐久間も負けずにタメグチで返した。

「オレは行ってないよ。大学行ったって、まともに就職もできないって思ってたし、それに、四年間も遊びに行くようなもんだろ? 大学なんて。だったら、やりたいことをやって、早いうちから自分を磨きたかったんだ」
「ずいぶんカッコいいこと言ってるけど、実際は、まだ駆け出しのカメラマンじゃない」

 それまで黙っていた里子が口を挟んだ。

「駆け出しじゃねェよ。オレは、二十歳の時からこの世界にいるんだ」
「売れてないんだったら、駆け出しも同じよ」

 そう言ってしまったあとで、里子はハッとした。
 また、ひどいことを言ったことに気づいた。
 遠藤に対しては、どうしてこうも憎まれ口をたたいてしまうのだろう、そんなことを考えていると、

「先輩、それはちょっと失礼じゃないですか」

 佐久間がそう言った。

「たとえ今がどうでも、自分のやりたいことを頑張ってやりつづけてる人に、そんな言い方はないですよ。自分の道を歩きつづけていくなんてカッコいいじゃないですか。それを、先輩は馬鹿にするんですか。そんな先輩、僕は軽蔑します」

 とつぜんの佐久間の言葉に里子は驚いた。
 いやそれは、言葉にというより、その佐久間の豹変ぶりにだった。
 今まで一度も見せたことのない怒りを、その顔にはふくんでいた。
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