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【第44話】
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遠藤は初めこそ言葉を失い、佐久間を見つめていたが、
「あんた、いいヤツだな」
と眼を潤ませて言った。
それからふたりはなぜか意気投合し、「呑みに行こう」ということになって、里子は帰るに帰れず、ふたりに従いていく羽目となった。
どうしてこうなるのよ……。
何やら話を弾ませながら前を行く、ふたりの背を睨むように里子は歩いた。
向かった店は、先日遠藤が里子を連れて行った居酒屋だった。
「今日は呑み過ぎてフラフラになっても、私は送ったりしないわよ」
注文した中ナマが運ばれてきたところで、里子は遠藤に釘を刺した。
その言った瞬間、まずい、そう思い、だがその時はもう遅かった。
佐久間が険しい顔で里子を見た。
「何ですか、それ。ふたりはそんな関係なんですか? 僕が聞いた話とは違うじゃないですか」
眉根をよせ、そう言った。
「この先輩は、オレのこと何だって?」
遠藤が横から訊く。
「ストーカーのように、しつこくつきまとう男がいて困ってるから、助けてくれって」
「なるほど、オレはストーカーですか」
遠藤も里子を見る。
「あ、いや、それは……。それより、ほら、生ビール冷えたうちに呑みましょ。泡がなくなったら美味しくなくなるわよ。ね、まずは乾杯!」
里子はジョッキを手にし、微笑もうとしたが、その顔は変にゆがんだだけだった。
呑んでいくにつれ、佐久間と遠藤は、里子のことなどお構いなしに熱く語り合っていた。
そのふたりの会話にうんざりしながらも里子は時おり相槌を打ち、テーブルの上に並ぶ料理を口に運んでいた。
「僕は、遠藤が羨ましいよ。自分の生きる道があって」
佐久間は零すように言った。
その頃には、お互いの名前を呼び棄てにしていた。
「生きる道なんてオーバーだな。オレは、自分の好きなことをやってるだけだよ」
「それがすごいんだよ。好きなことをやるのって、それに向かっていく勇気とエナジーが必要じゃないか」
「そういうこと、オレは考えたこともなかったな。ただ、夢中だったから」
「僕にはなかった。夢中になれるものなんて。中学高校は、勉強しかなかったし、大学にはいったら、それまでのウップンを晴らすように、四年間遊びまわってた。自分の将来どうしたいとか、そんなこと何も考えなかった。不況で就職が難しくなったって、別に慌てることもなかったし、どうにかなる、くらいにしか思ってなかった。だから今の会社にはいれた時だって、ラッキー、って軽い気持ちだったし……。だけど、最近ふっと思うことがあるんだ。僕は何してるんだろう、何のために生きてるんだろうって」
佐久間はテーブルの上に眼を落とした。
「もっと自分を信じろよ」
わずかな沈黙のあと、遠藤が言った。
「オレだって、好きなカメラをやってるけど、それでもまだアシスタントだし、たまに撮らせてもらったって、H系雑誌のヌードばかりさ。そういう時はつくづく思うよ。俺はいったい何やってんだって。自分が撮った写真は誰も認めてくれないしな。その度にヘコんで、独り缶ビールなんか呑んでると、どんどん滅入ってきて、オレは才能がないんだ、って思ったりするよ。だけど、そんな時は自分に言い聞かせるんだ。信じるものは儲かるって」
「それって、信じるものは救われる、だろ?」
「救われるって、人任せみたいだろ? そんなんじゃダメさ。信じるのは自分自身だよ。そして自分に負けないことなんだ。儲かるって字はさ、信じる者って書くだろ。自分を信じて突き進めば、いつか必ず成功して、そして儲かるってことなんだよ――何てね。じつはこれ、昔見た映画の受け売りなんだ。だけど、ほんとにオレは、自分に負けそうになった時、その言葉を言い聞かせるんだ」
「信じるものは儲かる、か……」
佐久間は感慨に耽った。
そして里子も、いつの間にか遠藤の話に聞き入り、そして感動し、感銘を受けていた。
それから三人は話が弾み、三時間ほどで店を出たが、足がフラつくほど酔っ払ったのは、遠藤ではなく佐久間だった。
遠藤に肩を担がれた佐久間は、気持ち悪い、と口許を抑えながら、フラフラと歩き出し、路上に駐車してある車と車のあいだに入りこみ、そこで嘔吐した。
その佐久間の背中を、里子がさすった。
「あーもう、今の男はどうしてこんなにお酒に弱いのかなァ」
「それってオレに対して言ってんの? 今日はオレ、酔ってないぜ」
遠藤が不満を洩らす。
「酔われたら困るわよ。泥酔した男ふたりなんて、私ひとりじゃどうにもできないでしょ?」
嘔吐の収まった佐久間を遠藤がまた肩に担ぎ、「コイツ送っていくよ」そう言ったが、佐久間に無理に従いてきてもらった手前もあって、里子も一緒に送っていくことにした。
「あんた、いいヤツだな」
と眼を潤ませて言った。
それからふたりはなぜか意気投合し、「呑みに行こう」ということになって、里子は帰るに帰れず、ふたりに従いていく羽目となった。
どうしてこうなるのよ……。
何やら話を弾ませながら前を行く、ふたりの背を睨むように里子は歩いた。
向かった店は、先日遠藤が里子を連れて行った居酒屋だった。
「今日は呑み過ぎてフラフラになっても、私は送ったりしないわよ」
注文した中ナマが運ばれてきたところで、里子は遠藤に釘を刺した。
その言った瞬間、まずい、そう思い、だがその時はもう遅かった。
佐久間が険しい顔で里子を見た。
「何ですか、それ。ふたりはそんな関係なんですか? 僕が聞いた話とは違うじゃないですか」
眉根をよせ、そう言った。
「この先輩は、オレのこと何だって?」
遠藤が横から訊く。
「ストーカーのように、しつこくつきまとう男がいて困ってるから、助けてくれって」
「なるほど、オレはストーカーですか」
遠藤も里子を見る。
「あ、いや、それは……。それより、ほら、生ビール冷えたうちに呑みましょ。泡がなくなったら美味しくなくなるわよ。ね、まずは乾杯!」
里子はジョッキを手にし、微笑もうとしたが、その顔は変にゆがんだだけだった。
呑んでいくにつれ、佐久間と遠藤は、里子のことなどお構いなしに熱く語り合っていた。
そのふたりの会話にうんざりしながらも里子は時おり相槌を打ち、テーブルの上に並ぶ料理を口に運んでいた。
「僕は、遠藤が羨ましいよ。自分の生きる道があって」
佐久間は零すように言った。
その頃には、お互いの名前を呼び棄てにしていた。
「生きる道なんてオーバーだな。オレは、自分の好きなことをやってるだけだよ」
「それがすごいんだよ。好きなことをやるのって、それに向かっていく勇気とエナジーが必要じゃないか」
「そういうこと、オレは考えたこともなかったな。ただ、夢中だったから」
「僕にはなかった。夢中になれるものなんて。中学高校は、勉強しかなかったし、大学にはいったら、それまでのウップンを晴らすように、四年間遊びまわってた。自分の将来どうしたいとか、そんなこと何も考えなかった。不況で就職が難しくなったって、別に慌てることもなかったし、どうにかなる、くらいにしか思ってなかった。だから今の会社にはいれた時だって、ラッキー、って軽い気持ちだったし……。だけど、最近ふっと思うことがあるんだ。僕は何してるんだろう、何のために生きてるんだろうって」
佐久間はテーブルの上に眼を落とした。
「もっと自分を信じろよ」
わずかな沈黙のあと、遠藤が言った。
「オレだって、好きなカメラをやってるけど、それでもまだアシスタントだし、たまに撮らせてもらったって、H系雑誌のヌードばかりさ。そういう時はつくづく思うよ。俺はいったい何やってんだって。自分が撮った写真は誰も認めてくれないしな。その度にヘコんで、独り缶ビールなんか呑んでると、どんどん滅入ってきて、オレは才能がないんだ、って思ったりするよ。だけど、そんな時は自分に言い聞かせるんだ。信じるものは儲かるって」
「それって、信じるものは救われる、だろ?」
「救われるって、人任せみたいだろ? そんなんじゃダメさ。信じるのは自分自身だよ。そして自分に負けないことなんだ。儲かるって字はさ、信じる者って書くだろ。自分を信じて突き進めば、いつか必ず成功して、そして儲かるってことなんだよ――何てね。じつはこれ、昔見た映画の受け売りなんだ。だけど、ほんとにオレは、自分に負けそうになった時、その言葉を言い聞かせるんだ」
「信じるものは儲かる、か……」
佐久間は感慨に耽った。
そして里子も、いつの間にか遠藤の話に聞き入り、そして感動し、感銘を受けていた。
それから三人は話が弾み、三時間ほどで店を出たが、足がフラつくほど酔っ払ったのは、遠藤ではなく佐久間だった。
遠藤に肩を担がれた佐久間は、気持ち悪い、と口許を抑えながら、フラフラと歩き出し、路上に駐車してある車と車のあいだに入りこみ、そこで嘔吐した。
その佐久間の背中を、里子がさすった。
「あーもう、今の男はどうしてこんなにお酒に弱いのかなァ」
「それってオレに対して言ってんの? 今日はオレ、酔ってないぜ」
遠藤が不満を洩らす。
「酔われたら困るわよ。泥酔した男ふたりなんて、私ひとりじゃどうにもできないでしょ?」
嘔吐の収まった佐久間を遠藤がまた肩に担ぎ、「コイツ送っていくよ」そう言ったが、佐久間に無理に従いてきてもらった手前もあって、里子も一緒に送っていくことにした。
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